長倉 洋海(フォト・ジャーナリスト)
2016年3月31日 更新
長倉 洋海 フォト・ジャーナリスト
このコーナーでは、教科書教材の作者や筆者をゲストに迎え、お話を伺います。教材にまつわるお話や日頃から感じておられることなどを、先生方や子どもたちへのメッセージとして、語っていただきます。
長倉さんは、旅先や取材先で、多くの子どもたちを撮影されています。何か、きっかけのようなものがあったんでしょうか。
最初は、戦争とか内戦とか、その国を撮ろうと出かけて行って、その合間に子どもたちと遊んだり話したりしていたんです。そうしているうちに、子どもは、僕の被写体の中でも大きなテーマになりました。初めての国に行ったら、僕のことを知っている人なんていません。とりわけ紛争地や貧しい地域で、僕がカメラを向けると、大人は「なぜ、ここに来た」「何のために撮っているんだ」と警戒しがちですが、子どもは違います。
子どもたちは、相手が何をしに来たのかとか、偉い人だからとか、そんなことを問題にしない。子どもにとって大事なのは、この人は楽しい人かどうか、好きになれる人かどうかなんです。だから、彼らと接するときは、裸の僕を見てもらうしかない。僕も子どもに返ったように、壁を作らないようにする。そうすることで、仲良しになれるというか、お互いの距離が縮まるんです。
だからでしょうか。長倉さんの写真の中の子どもたちは、とても印象深い笑顔をしています。
相手が心を開いてくれるには、こちらも心を開いて相手に接しなくてはなりません。写真を撮るというのは、単に被写体に向かってシャッターを切るのではなく、相手の中に入っていくことだと思います。自分ではない誰かの空間や生活に入り込んでいく。だからこそ、相手を認めないような撮り方をしてはならないという気がします。
長倉さんは以前、働く子どもたちの姿に特に共感を覚えるという意味のことを言われていました。
最初にはっとしたのは、1980年のエルサルバドルに行って、市場で働いている子どもたちを見たときでした。内戦下でも、市場には、学校に行かずに、大人に交じって働いている子どもたちが大勢いました。
お客さんを見つけると、ワーッと走って行って、「買って。安いよ。1コロン(※)だよ」と声をかける。売れると、お母さんのところに戻って、「はい」と、そのお金を渡す。そして、ビニール袋に詰めたトマトや玉ねぎやバナナやらを持って、また新しいお客さんを探しに行くんです。
貧しい暮らしの中にいるはずなのに、働いているどの子も、ちっとも嫌そうな顔をしていない。カメラをのぞいている僕にも、一生懸命に生きているのが伝わってきました。それだけでなくて、自分の子ども時代を思い出させてくれた。
- ※1コロン……当時の通貨で約100円。
長倉さんご自身の子ども時代ですか。
はい。僕が生まれた釧路の家は、長倉商店という1年に元日しか休まないような小さな店だったんです。従業員はいなくて、市場への買い出しも店番も、家族の誰かがしていました。当然、子どもだった僕も店を手伝わされた。朝から晩まで店中心の生活でしたから、家族全員そろっての団らんなんて、ほとんど記憶がありません。
だから、僕は、自分の子ども時代を楽しいと思ったことがなかった。自分のうちや、店の手伝いが嫌でたまらなかった。周りの人も僕のことが、大変な家の子どもに見えただろうなと、決めつけていました。
それが、エルサルバドルの子どもたちと出会って、もしかしたらあの頃の僕も、こんなふうに輝いて見えたのかもしれないと思えるようになった。モノクロームだった子ども時代の記憶が、何かカラー写真になったような、そんな気持ちになったんです。
エルサルバドルの子どもたちに出会ったから、そんな気持ちになられたんですね。
ええ。彼らを見ることで、僕の子ども時代が違う色を帯びてきて、少し救われたような気持ちになった。さっき僕は、写真を撮るというのは、相手の中に入っていくことだと言いましたが、それは、相手と自分が重なり合うことだとも言えます。働く子どもたちの姿に出会うことで、偶然だけれど、あの子たちを合わせ鏡にして、新しい自分が見えるようになった。そんな機会がもらえました。
Photo: Shunsuke Suzuki
長倉 洋海[ながくら・ひろみ]
1952年、北海道釧路市生まれ。大学時代は探検部に所属し、通信社勤務を経て、1980年にフリーの写真家になる。精力的な取材には定評があり、なかでも、アフガニスタンの抵抗指導者マスードやエルサルバドル難民キャンプの少女へスースを、幾年にもわたり撮影し続ける。写真集に『地を駆ける』(平凡社)、『お~い、雲よ』(岩崎書店)など。著書に『私のフォト・ジャーナリズム 戦争から人間へ』(平凡社新書)、『ヘスースとフランシスコ エル・サルバドル内戦を生きぬいて』(福音館書店)、『アフガニスタン ぼくと山の学校』(かもがわ出版)などがある。
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