「よりよく生きる」って、なんだろう。
2026年1月30日 更新
光村図書 道徳課
道徳教科書編集部が、いろいろな分野で活躍している方々に、情熱を傾けていることを伺いながら、「よりよく生きること」について考えていきます。今回は、坂口恭平さんにお話を伺いました。
坂口恭平さんは、作家、建築家、画家、音楽家、「いのっちの電話」の活動など、多岐にわたって活躍をしています。前編では、自分の「好き」を大事にすること・「いのっちの電話」についてききました。
※「いのっちの電話」とは、坂口さんが個人の携帯電話番号(090-8106-4666)を公開して、悩みをもつ人のお話を聞く活動です。
幸せを感じることを、ただやっているだけ
坂口さんは、多岐にわたるご活動をされています。これらの活動を継続する原動力は何なのでしょうか。
執筆、パステル画の制作、「いのっちの電話」、作曲などは、自分にとって、どれもやりたいことだからやっている。それだけですね。例えば、好きな人といっしょにいると、楽しいし幸せですよね。それなのに、その人から離れようとしますか? しないですよね。僕は、自分が好きなこと、幸せを感じることをただやっているだけなんですよ。
最近は「自分の好きなことがわからない」という人も多いかもしれません。
「いのっちの電話」やSNSなどで、そういった相談はよく受けますね。でも、話を聞いていると、本当は自分の好きなものがわからないんじゃなくて、好きなものを周りに伝えて、そのことを喜んでもらえた経験がないだけなんですよ。むしろ「そんなことが好きで何になるの?」と言われた経験のほうが多い。だから、どんどん自分の好きなものがわからなくなってしまう。今の社会全体が、そんな空気なんですよ。ちょっと残念ですよね。
「好き」は足していくもの
そんな社会の中で、自分の「好き」を保ち続けることは、簡単ではないですよね。どうしたらよいのでしょうか。
どんなに小さなことでも、自分が楽しいと感じることを大切にするといいと思います。楽しいことって、アイスも好き、ガムも好き、サッカーも好き、コーヒーをいれるのも好き、何かを作るのも好きって、積み重ねるもの、足していくものなんです。「『好き』の足し算」でいいんです。
悩んでいる方に対して、坂口さんは具体的にどんなことを話していますか。
実際、「人に言われるままに勉強してきて、ここまで来てしまいましたが、これからどうしたらいいのかわかりません。」って、55歳の女性に相談されたことがあります。その人に、「好きなものないの?」って言うと、「ない」って言うんです。それを聞いたうちの息子が「アイスとか好きじゃないの?」ってきいたら、女性は言葉が詰まってしまいました。たぶん、自分で好きのハードルを上げちゃって、アイスが好きなことなんて役に立たないからって削っていってるんですよ。なぜか、世間では、「積み重ね」は、ひたすら苦労したり、努力したりすることというイメージが強くて、それしか受け入れてくれない。むしろ、苦労や努力はできるだけ削ったほうがいいんです。そこをわかってほしい(笑)。
好きなことはどんなことでもいいんです。アイスが好きでもいいし、外食することが好き、それくらいでいいんです。例えば外食なら、どこのお店が好きで、そこで何を食べたいのかっていうのを具体的に考えていく。そうやって、一つ一つ、好きなことを積み重ねて、自分で自分を助けられるようにしていくことが大切だと思っています。
僕は、楽しいこと、「JOY」をやりまくって、自分を助けつつ、どんどん技術を上げているんですよ。なんの努力もしてないんです。だから生きてることが楽しいんですよね。
「JOY」は音のように響いていく
坂口さんの「JOY」とは、何ですか。
いろんな「JOY」がありますけど、僕は、自分の力が誰かに作用しているときに、やっぱり「JOY」を感じますね。承認欲求とはちょっと違って。自分のしたことで誰かが動いてくれると、人と人とのつながりを感じるんです。僕はいろいろなものを創作してきて、創作すること自体も楽しいんだけど、それ以上に、創作したものが他人の目に映ったときに、全然違うように映ることが本当に楽しいですね。
僕の「JOY」が誰かに響いて、その人が自分の「JOY」を見つけて、また別の誰かに作用する。「JOY」っていうのは、音のように響いていくものだと思います。

ちなみに、子どもの頃に感じた「JOY」は何でしたか?
子どもの頃の「JOY」は、いろいろありましたけど、いじめの研究がその一つですね。
え! いじめの研究ですか。なぜ、いじめを研究しようと思ったのですか。
通っていた小学校に、いじめられている子がいたんです。それをなんとかしようとしたことが始まりですね。いじめをなんとかしようとしたら、まずいじめられっ子が、僕を信頼してくれたんです。研究を続けると、その子だけじゃなく、そのお母さんたちや、何人かのクラスの子たちが僕を信頼してくれた。それが僕の「JOY」でした。だから、元をたどれば、「いのっちの電話」の活動も、根本は変わらないのかもしれないな。
いのっちの電話は、自らを守るための方法
ということは、「いのっちの電話」も、「JOY」の一つなんですね。「いのっちの電話」には、どのような相談が寄せられるのでしょうか。
幅広い世代から電話がかかってきます。このあいだは、9歳の女の子から電話がかかってきました。その子も、他の相談者と同じで、思い悩んで電話をかけてきたんだけど、話しているうちに、僕の絵に興味をもってくれて。そこから、元気づけるために描いた絵を見せてあげてたら、「自分でも絵を描いてみました」と言って、見せてくれたんです。それがすっごくよくて。「これ売れるよ!」って背中を押してあげたら、どんどん描いて売れるようになりました。これって、僕にとっても楽しいことなんですよ。
僕はカウンセリングの専門家ではないし、自分の領域を超えて人を助けるっていうのは、かなりエネルギーを注ぐことなんだけど、それは「JOY」でもあったし、そうすることで、たぶん僕自身を守ろうともしてましたね。「いのっちの電話」って自らを守るための方法でもあるんですよ。僕も母親とうまくいかないことがあって、自分には価値がないと思っていたことがありました。だから、人を助ける行為で、自分のことを大事だと思おうとしてたんですよね。

先ほど9歳の女の子から電話があったとお伺いしましたが、坂口さんから見た今の子どもたちは、どんな印象ですか。
今の子どもたちは、みんなめっちゃ優しいと思います。でも、その奥には何か恐怖心のようなものを感じる。社会が怖いから、自分の思いを素直に表現できない。
困ったときには電話して!
社会や生きることへの恐怖心は、どうやったら克服できると思いますか。
僕が強く感じるのは、子どもの問題のきっかけは、全て大人の問題だということですね。そもそも大人が、自分のことを大切にできていないし、人生を肯定できていない。
生きることって、本当は楽しいことなんですよ。だけど、誰も生きることが楽しいっていうことを教えない。むしろ生きることを恐怖だと思う人が多いんじゃないかと思います。だから、生きることに不安があったり、困っていたりしていたら、いつでも僕の携帯(090-8106-4666)に連絡してください!
写真(ご本人提供を除く):所 直輝
坂口 恭平(さかぐち・きょうへい)
1978年、熊本県生まれ。2001年、早稲田大学理工学部卒業。作家、建築家、絵描き、音楽家など多彩な活動を行う。2004年、日本の路上生活者の住居を収めた写真集『0円ハウス』(リトルモア)を刊行。2012年から、悩みをもつ人からの電話を受ける、「いのっちの電話」の活動を、自身の携帯番号(090-8106-4666)で続けている。著作に『苦しい時は電話して』(講談社)、『躁鬱大学』(新潮社)、『土になる』(文藝春秋)、『生きのびるための事務』(マガジンハウス/道草晴子との共著)、『赤松』(palmbooks)など多数。
- このシリーズの目次へ
-
前の記事
- 次の記事
「みつむら web magazine」でよく読まれている記事
関連記事
2026年1月26日 更新
第8回
Here We Go! 実践紹介 Storyの世界へつなげる導入 ほか
深野瑞恵(横浜市立市場小学校けやき分校)・恩地麻里(羽曳野市立西浦小学校)