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子どもの頃に出来なかったこと 第5回

子どもの頃に出来なかったこと

2015年7月24日 更新

森 絵都 作家

子ども時代のあの頃に出来なかったことを綴っていきます。

森 絵都(もり・えと)

1968年東京都生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー、同作品で椋鳩十児童文学賞を受賞。その後、『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で路傍の石文学賞、『つきのふね』で野間児童文芸賞、『カラフル』で産経児童出版文化賞、『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。絵本テキストに『ぼくだけのこと』(偕成社)、『おどるカツオブシ』(金の星社)、『オニたいじ』(金の星社)、『希望の牧場』(岩崎書店)、近作に『クラスメイツ』(偕成社)など幅広く活躍。

第5回

子どもは、よく嘘をつく。
たとえば、やらかしてしまった何かを繕うための嘘。
宿題を忘れた理由を問われた子は、一瞬のうちに「急に遠くの親戚の家へ行くことになっちゃって、宿題をもってって一生懸命やったのに、そのまま忘れてきてしまった」くらいの嘘をでっちあげる。怒られたくない一心で、いくらでも凝った設定を練る。
見栄を張るための嘘もある。
以前、とある塾の講師をしていたときには、小学生の男の子たちが「俺んちの風呂の温度設定、43度だぜ」「うちなんか45度だよ」「うちは50度」などと、意味のない見栄を張りあっているのを毎回のように見かけた。意味はなくとも、引けない気持ちはわかる。
わからないのは、出所のわからない嘘。何のためだかわからない嘘をつく子どもの気持ちである。

私が小学生だった頃、Nちゃんという女の子が近所に住んでいた。
Nちゃんは大嘘つきだった。約束を守らない。時間を守らない。毎回、30分や1時間は平気で遅れてくる。
Nちゃんを思うと、真っ先に彼女を待ちながらながめた夕焼け空がよみがえるくらい、私は毎日のようにふりまわされていた。
「もうNちゃんとは遊ばなきゃいいじゃない」
事情を察した母に言われても、しかし、そういうわけにはいかなかった。
どれだけひどい目に遭おうとも、私はNちゃんと決別なんてできなかった。

Nちゃんといる時間がとびきり面白かったのである。
たとえNちゃんと遊んでいる時間よりも彼女を待っている時間のほうがよほど長かったとしても、会えば彼女はいつも全力で私を楽しませてくれた。話術さえわたるそのトークがのきなみ嘘であっても、つまらない実話よりもよほど聞きごたえがあった。

今から思えば、彼女は生まれついてのエンターテイナーだったのだろう。人を笑わせるため、その一瞬を輝かせるために、本能的に嘘を選ぶ。
その心の底に何があったのかはわからない。嘘で埋めずにはいられない空洞があったのかもしれないし、何もなかったのかもしれない。あるいは、約束どおりに行動できない家庭の事情があったのか。

中学生になった頃には、ひっそりとした大人しい子に変わっていたNちゃん。
今頃はどんな大人になっているのだろうか。
彼女こそ小説を書いているべきだとも思う。

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