みつむら web magazine

子どもの頃に出来なかったこと 第3回

子どもの頃に出来なかったこと

2015年5月28日 更新

森 絵都 作家

子ども時代のあの頃に出来なかったことを綴っていきます。

森 絵都(もり・えと)

1968年東京都生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー、同作品で椋鳩十児童文学賞を受賞。その後、『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で路傍の石文学賞、『つきのふね』で野間児童文芸賞、『カラフル』で産経児童出版文化賞、『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。絵本テキストに『ぼくだけのこと』(偕成社)、『おどるカツオブシ』(金の星社)、『オニたいじ』(金の星社)、『希望の牧場』(岩崎書店)、近作に『クラスメイツ』(偕成社)など幅広く活躍。

第3回 友達の愛読書

「うちの子、全然、本を読まないんですよ。どうすればいいんでしょうね」
仕事柄、ときどき、そんな相談を受ける。
そのたびに私は背中を丸めて謝る。
「じつは、私も本を読まない子だったんです」
肩身の狭い話だが、実際、私は読書をしない子どもだった。正確には、小学4年生から高校3年生まで本から遠ざかっていた。
理由はシンプル。外で遊んでいたからだ。
しかし、よくよく記憶をたどってみるに、その間、まったく読書をしていなかったわけでもない。

強烈に印象に残っている本がある。オトフリート=プロイスラーの『大どろぼうホッツェンプロッツ』。小学校高学年の頃、遊びに行った友達の家にその本があったのだ。
友達はその本がいかに面白いかを力説し、実際に私の前で読み返しては、げらげらとお腹をよじって笑った。本好きでなかった私ですらも強烈な誘惑に駆られるほどに。
読みたい。しかし、なぜだかそのとき、私は素直に「その本、貸して」と言うことができなかった。友達も自ら「貸してあげる」とは言わなかった。お気にいりの本だったのだ。
そこで、私は母親に頼んでお金をもらい、本屋へ自転車を走らせた。あんなに夢中で本を探し求めたのも、あんなに夢中でそれを貪り読んだのも、生まれて初めてだった。

中学時代もまた別の友達から影響をうけた。
その子が放課後のたびに図書室へ通っているのを私は知っていた。どうやら長いシリーズにはまっているらしい。それほど図書室へ通いつめるなんて、一体どんな本なのか。
このときも私はやはり「なんて本?」と尋ねることができず、放課後、こっそり彼女のあとをつけて、そのタイトルをつきとめた。
松谷みよ子の『ちいさいモモちゃん』シリーズだった。友達の影を追うように、私がその物語世界へ引きこまれていったのは言うまでもない。

「ご両親が楽しそうに読書をしていれば、子どもも自然と本をめくってみたくなるかもしれませんよ」
ときどき、子どもの読書嫌いを嘆いているお母さんに、そんな言葉をかけたりもする。

でも、本当は、友達が一番だ。
愛読書は、日頃そばにいる友達の別の一面を垣間見せてくれる。
彼女たちが胸の深くに秘めている世界。その愛しい住人たち。
だからこそ、子ども時代の私はまっすぐそれを問うことがはばかられ、だからこそ、こっそり知りたかったのかもしれない。

関連記事

記事を探す

カテゴリ別

学校区分

教科別

対象

特集