教育情報誌「とことば」
2026年4月22日 更新
教室の中と外の世界をつなぐ今日的なテーマを「言葉」を切り口に追いかける教育情報誌「とことば」。
言葉のもつさまざまな側面を切り取りながら、子どもたちに言葉のもつ可能性や豊かな世界に出会わせる方法を考えていきましょう。
私たちの社会では、母語や文化が異なる多様なルーツをもつ人々がともに暮らしています。母語や文化が異なれば、同じ言葉から受け取るイメージや発想が違うこともあるものです。
では、日本語を母語としない子どもたちは、異なる言語文化の中でどのように言葉と向き合い、成長しているのでしょうか。そして、学校や周りの大人にはどのような支援ができるのでしょうか。
三つのエッセイを入り口に、学校や支援団体などへの取材を通して考えます。
東は餅で、西はパイ/金井真紀(文筆家・イラストレーター)
雷鳴が聞こえた。西の空に夕立雲がたちこめている。去年の夏の終わり、わたしは西アフリカのマリ出身の友人と一緒に東京都内の路地を歩いていた。
「雨降りそうだねー」
降り出す前に目的地に着けるかな、まあ濡れたら濡れたでいいか。と、わたしたちはぜんぜん歩くスピードを上げないのだった。マリ人は180センチの体を少しかがめるようにして、32センチの大きな靴でリズミカルにアスファルトを踏む。わたしは彼に質問した。
「バンバラ語(マリの言語)で雷はなんて言うの?」
「今は言えない……」
あまりにも予想外の答えだったので、わたしは思わず立ち止まって彼の顔を見上げた。彼は声をひそめて教えてくれた。バンバラ語で雷は「サンペレン」と言う。でも雷が出ているときにその名を口にすると雷が自分のところに落ちるという迷信がある。
へー、おもしろい! わたしはこういう話が大好物なので急いでメモ帳を取り出した。彼は続けてさらに興味深いことを言った。
「日本では、ヤモリはいい生き物でしょ」
「うん、ヤモリは家を守るって言うよね」
「マリでは、ヤモリは雷の仲間だと思われている。もし家にヤモリがいたら、雷が落ちるから危ないと言って殺しちゃう」
ゴロゴロと雷鳴が響くとき、昔の日本人は菅原道真公の祟り(たたり)だと考えて「くわばら、くわばら」と呪文を唱えた。なぜか子どもに「おへそを隠しなさい」なんて言ったりもする。マリとはぜんぜん違うやり方だけど怖がる気持ちは繋がっている。
わたしは世界のことわざを集めるのが好きだ。それもやはり「世界は広くて多様なのに、なんとなく繋がっている」という感慨を味わいたいから。ことわざは翻訳小説や人類学の本にひょっこり登場したり、旅先の看板に見つけたり、海外ルーツの友人とおしゃべりしているときに飛び出したりする。それをすかさず拾い集めてはニヤニヤしている。
下の絵は4つとも「計画や構想は立派だが、実際には用をなさないこと」を意味することわざ。東で「絵に描いた餅」と言い、西で「空に浮かぶパイ」と言うなんて楽しい。どちらも食いしん坊が言い出したに違いない。空中に城を建てるのと絵の中で乳搾りをするのも、遠い土地の言語なのにどこかで通じるものがある。築城も酪農も重労働だ。想像しているだけじゃダメで、実際に動いてなんぼってことなんだろう。今度マリ人に会ったら、バンバラ語にも似たことわざがあるかどうか聞いてみよう。

〈参考文献〉
『世界ことわざ比較辞典』(日本ことわざ文化学会 編、時田昌瑞 監修、山口政信 監修/岩波書店/2020年)
イラスト: 金井真紀
金井 真紀(かない・まき)
文筆家・イラストレーター
1974年、千葉県生まれ。文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『テヘランのすてきな女』(晶文社)、『世界はフムフムで満ちている』(ちくま文庫)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など多数。「多様性をおもしろがる」を任務とする。難民・移民フェス実行委員。