教科書 time travel
2023年8月7日 更新
「昔、たしかに教科書で読んだ気がする。ストーリーは覚えているんだけど題名を思い出せません」
過去の教科書掲載作品から、特にお問い合わせが多い作品を取り上げて、あらすじや編集にまつわるエピソードをご紹介します。
じいさまとばあさまのこんび(あか)から生まれた こんび太郎は、どっさり食べて、何年も寝たまま過ごし、ある日、「百かん目」の金棒を振り回す力太郎へと成長した。「この力が、どんくらい人のやくに立つものか、ためしてみてえ」と言って旅に出た力太郎は、道中、御堂をかついだ みどうっこ太郎と、大石を転がす 石こ太郎と出会い、大きな町を目ざす。
町で、人々を困らせる化け物の話を聞いた三人は、その化け物を退治することに決める。その夜、化け物が姿を現して――。
【作者/挿絵】
今江祥智 作/田島征三 絵
【掲載巻/版】
2年下巻/平成4年度版・平成8年度版・平成12年度版
編集にまつわるエピソード
過去の国語教科書を開くと、1冊の中にある作品・教材の数が、多い時代と少ない時代があることに気づかれるはずです。これは、その時々の学習指導要領の目標・内容を反映してのことですが、いずれにしても、一つの学年に掲載できる作品数には限界があります。
「新しい作品を一つ入れる」ことは、「それまであった作品を一つ取り下げる」こととイコールであり、編集する私たちはそのたびに「わが身を削るような決断」を迫られるわけです。
作品を入れ替える理由はけっして一通りではなく、その学年あるいは6年間を通したバランスもあれば、その時代の子どもたちの志向の変化、求めたい読む力の変容など、さまざまあります。作品個々の評価が、高いとか低いとかだけでは決められません。
「太郎こおろぎ」(3年)、「とびこめ」(4年)、「木龍うるし」(5年)、「野ばら」(6年)。自分自身いくつも経験しましたが、「かさこ地ぞう」(2年)を取り下げたときのことは、忘れられません。平成4(1992)年度版の改訂のときのことでした。
「かさこ地ぞう」が掲載されていた当時の2年生教科書は、高評価の物語がずらりと並んでいました。「すばらしい作品ばかりだが、どれも重量級で読むのに時間もかかる」「味わい深い静的な作品が続くので、国語嫌いの子は疲れてしまう」。いろいろな意見がありました。
だとしたら、どうすればいいのか。長らく掲載が続いている「かさこ地ぞう」が別の作品に入れ替わったら、本のイメージは一新されるだろう。しかし、国中の人が知っている「かさこ地ぞう」に代わる民話があるだろうか。
文学者を中心に、研究者や現場編集委員を中心に、何度も会議を繰り返し、ようやく「力太郎」で行こうという結論に達しました。書き手は、もちろん今江祥智さんです。
国語教科書の編集委員でもあった今江さんですから、快く引き受けてもらえるものと思っていましたが、「あんた、そんな勝手言わんといて」と、ブスッとした顔をされました。
それもそうです。今江祥智・田島征三コンビの『ちからたろう』(ポプラ社)は、すでに大ベストセラーでした。1967年の発刊以来、多くの子どもたちがその絵本を手にしています。
世界的な賞も受賞していましたが、ポプラ社版『ちからたろう』は、教科書に載せるには分量が長く、ページ内に収まりません。「作品のおもしろさはそのままに、短くしてください」という駆け出し編集者の勝手な希望に、今江さんでなくても「勝手言わんといて」となるだろうこと、今ならわかります。
なだめたりすかしたりで、ようやく教科書版「力太郎」が生まれました。絵は、ポプラ社の絵本と同じく田島征三さんにお願いしました。
「力太郎」が初めて登場した年は、「かさこ地ぞう」を懐かしむ声を多く耳にしましたが、みどうっこ太郎と石こ太郎を引き連れて、力太郎が化け物を退治する冒険譚に、子どもたちはやんやの喝采を送り、全国から多くのお便りをいただきました。「のっしじゃんが、のっしじゃんが」旅をする力太郎や、「雨がざんざかふり、風がびゅわんびゅわんふいてくる」中に現れる化け物の絵が描かれている手紙もありました。
ちなみに「力太郎」が教科書に登場したのは、この平成4年度版が2回目で、それより前、昭和52(1977)年度版には、上笙一郎さんの再話作品が掲載されています。「とんとむかし」という書きだしは同じですが、こちらは、上笙一郎さんらしい心地いい文体で書かれています。絵は、齋藤博之さんでした。
自分が知らない時代の教科書ですが、その当時の子どもたちの反応がどんなだったか、想像してみたくなります。
文: 編集部
過去の教科書掲載作品を収録したアンソロジー。
「力太郎」をお読みいただけます。