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通常学級での特別支援教育 第41回

通常学級での特別支援教育

2020年1月27日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第41回 マルトリートメントを受けた子への
教師の関わり

今日のポイント

  • 虐待の相談対応件数は年々増加傾向にある。相談のあと、施設入所や里親委託にいたったケースはわずか数パーセントであり、多くはもとの家庭に戻る。相談以前と同様に通学してくることを踏まえた心理ケアが必要である。
  • 海外では、虐待は「マルトリートメント(不適切な関わり)」の中に含められている。マルトリートメントは「トラウマ(心的外傷)」を引き起こす。脳の一部の萎縮や肥大などの変形につながることが報告されている。
  • 学校現場で心の傷を癒せるのは、カウンセラーだけではない。教師が「安全基地(Secure Base)」としての役割を果たすことも重要である。

画像、言葉よりも先に手が出る子

過去最高を更新し続ける虐待相談件数

例年、8月になると厚生労働省から前年度の「児童相談所での児童虐待相談対応件数(速報値)」が公表されます。2019年8月1日に発表された2018年度の件数は、約16万件で、過去最高を記録しました。

実はこの件数は、統計がとられ始めた1990年度から、毎年過去最高を更新し続けています。つまり、今まで減少したことがないのです。

このような状況を踏まえ、現在は、自治体や警察でも虐待相談が行われるようになっていますし、学校にも通報義務がありますから、非常に身近な問題としてさまざまな場で取り上げられることが多くなってきています。

ところが、通報後のことはあまり話題になることがありません。実は、相談対応されたあと、施設入所や里親委託などまで辿りつけたケースはわずか数パーセントにとどまり、9割以上は、元の家に戻っています。ほとんどが面接指導・在宅支援であり、経過を見守るという対応が圧倒的多数を占めているのです。

多くの学校現場では、通報後に元の状態に戻り、これまで同様に学校に通ってくるというところまでは想定されていないのが現状のようです。通報後の学校における心理的ケアは、喫緊の課題であると言えます。

「マルトリートメント」は、子どもの脳を傷つける

ところで、虐待について海外では日本の児童虐待防止法で定められた内容(身体的虐待、ネグレクト、性的虐待、心理的虐待)だけでなく、「マルトリートメント(不適切な関わり)」という広い概念で語られています。

たとえば、以下のような内容は「マルトリートメント」に含まれます。

①児童虐待防止法で定められた内容(身体的虐待、ネグレクト、性的虐待、心理的虐待)
②日常的な拒否・愛情はく奪
③家族間の無関心
④子どもの能力を超えた過度な期待
⑤子どもの将来のためを思っての強い高圧的な指導
(日本で、しつけの一環として語られる「手やおしりをピシャッと叩く」なども含む)
⑥分離・喪失体験
⑦家族の刑務所収監
⑧家族のアルコール依存・薬物乱用
⑨家族のうつ・精神疾患
⑩DA(Domestic Abuse:家族への虐待を目にすること、面前DVともいう)

これらのマルトリートメントは、子どもの「トラウマ(心的外傷)体験」になります。心の傷、というと直接的には見えないもののように感じられるかもしれません。しかし、喜怒哀楽という感情をつかさどったり、情動をコントロールしたり、他者の言動に共感したり、自尊感情を高めたり・・・といった心の動きは、すべて、脳の健全さに関係しますから、脳に傷ができると言ってもよいのではないでしょうか。

福井大学の友田明美先生によれば、実際に、マルトリートメントは子どもの脳の萎縮・変形・肥大をもたらすと報告されています。

たとえば判断力・思考力など脳の司令塔的な役割を果たす「前頭前野」の一部は委縮します。また、情動と深く関係する感情の中枢である「扁桃体」と、そのすぐ近くにあって記憶に関わる「海馬」が変形します。さらに、不適切な言葉を浴びせていくと「聴覚野」が肥大して、聞きたくないことを聞かなくてよいように形を変えていくそうです。

子どもたちの脳は、大人によるマルトリートメントに何とか適応しようとしながら、その裏では深く深く傷つけられていくのです。

学校現場でできることとは何か

一度できた心の傷(≒脳の萎縮・肥大・変形)は、もう元には戻せないのでしょうか。

友田明美先生によれば、「幼少期ほど柔軟ではないにせよ、根気よく時間と労力を重ねれば、修復は可能だ」とされています。その最大にして唯一の方法とは、教師が子どもの「安全基地(Secure Base)」としての役割を十分に果たすということに尽きます。

信頼できる人がそばにいて、安全な空間を作ってくれるという「安心感」と同時に、広い社会に勇気をもって飛び出すことへの後押しを受け、子どもは主体的に周囲を「探索」し始めます。これら二つの要素を結びつけるのは「アタッチメント(本来の意味は、「接続・取り付け」。心理学では「愛着」「愛情の絆」と表現される)」であるとされています。

このアタッチメントは、保護者だけに限定されるものでなく、教師とも結び直しが可能です。教師・教室という安全基地を足がかりにして、子どもの興味や知的好奇心を導き、かつ主体的な学習活動を日々繰り返し応援していくこと。これこそが、マルトリートメントによってトラウマに陥った子どもたちの心の傷が癒えるプロセスです。

虐待の案件は、とかくSC(スクールカウンセラー)やSSW(スクールソーシャルワーカー)などの心理職・福祉職に委ねられることが多いようです。しかし、彼らは子どもたちの日々の暮らしからは少し遠い存在です。

個別的な事情を分かってあげられる、そんな信頼できる教師が、今、教室にいて支えてくれること。日々の学校生活を支える教師にしかできない心理ケアがあるということを、校内でも話題にしてほしいと思っています。

参考文献
友田明美、子どもの脳を傷つける親たち、NHK出版、2017年
友田明美、実は危ない!その育児が子どもの脳を変形させる、PHP研究所、2019年

次回は、自分を成長させてくれる存在について取り上げます。

Illustration: Jin Kitamura


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