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Story 3 研究者という生きものは

塚本 勝巳(海洋生物学者)

2015年1月1日 更新

塚本 勝巳 海洋生物学者

このコーナーでは、教科書教材の作者や筆者をゲストに迎え、お話を伺います。教材にまつわるお話や日頃から感じておられることなどを、先生方や子どもたちへのメッセージとして、語っていただきます。

これまで何度も新しい仮説や理論を発表してこられましたが、定説を覆すことへの怖れはお感じになりますか。

それはないですね。むしろ研究者にとっては、新しい事実が分かるということこそが勲章なわけで、新事実を発見すると、胸を張って発表するのが一般的ではないでしょうか。

魚の内耳(ないじ)には耳石(じせき)という小さな組織があって、ここに、木の年輪のように一日ずつ輪が増えていきます。これを日周輪といいますが、ウナギの耳石日周輪を解析して、とれた日から生まれた日を逆算してみると、どうやら夏に産まれているらしいということが分かったんですね。
それまでウナギは冬に産卵すると考えられていましたから、これは大きな発見でした。1987年の学会で僕が初めて発表したら、ウナギ研究の先輩に呼びつけられて「あんなバカなこと言ってどうするんだ」と怒られたこともあります。

今にしてみると、どうして冬に産卵すると決めつけていたのか分かりませんが、みんな漠然とそう思っていた。そういう常識は世の中に多いのかもしれませんね。

研究者としての醍醐味を感じるのはどんな点でしょう。

やっぱり論文を書いて残せるということでしょうね。こういう物質を見つけた、種を発見した、あるいはウナギの産卵場を特定したというような事実を論文執筆や学会発表することによって何百年も先の後世に伝えていける。芸術家と比べるのはおこがましいですが、画家の絵が代々残っていくのと同じように、論文は研究者にとっての作品だと僕は思っています。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

研究者にも2タイプあって、一つはいわゆる学者というか、研究室にこもって対象に没頭している人。もう一つは職業として研究している人で、お金もうけのためというわけではないけれども、他に選択肢がある中で研究を選んだというタイプ。研究しかできないのではなく、研究が好きだからやっている。僕は明らかに後者なんですが、今となってはウナギに特化しているから、もうウナギ研究者しかできないかもしれませんね。

では、もしウナギ研究に出会っていなければ、どんな仕事をしていたと思われますか。

一時期テニスに凝ったことがあってね。大学院時代、「あいつは研究しないでテニスをしに学校に来ている」なんて言われていました(笑)。プロ選手は無理でも、もしかしたらテニスのレッスンプロになっていたかもしれないですね。
今もスポーツが好きなので、船の上でも何かしら体を動かしています。ボールを持ち込んで甲板でサッカーの練習をするとかね。新しいボールをいくつも海に落としたので、北赤道海流に流されてフィリピンあたりの子どもたちへのプレゼントになっているんじゃないかな。
船に乗るときはいろいろ持ち込みますよ。縄跳び、輪投げ、ウエイトリフティングのようなものも、船の休憩室にはあるし。南極に行くような航海だと3か月くらいかかるので、やっぱりそういう遊びは必要ですね。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

船酔いはしませんか。

最近はしないですね。年を重ねるといろいろな経験を積むので、気を紛らわせる術が身につくんでしょうね。ちょっとでも酔ったらすぐ寝ちゃうっていうのは手ですね。
何よりも、自分の仕事を持って乗ると酔わなくなります。自分の仕事を主体的にやっていると苦にならない。ものすごく船が揺れていても、これだけは自分の仕事だからと思って必死にやると全然酔わないですね。

塚本さんが研究を始められたときと今日では、ウナギをめぐる状況がずいぶん変わったように思いますが。

そのとおりです。ウナギ研究は楽しいなあと思って夢中でやっていた時代はあっという間に終わって、2011年から大変なことになりましたね。シラスウナギが全然とれなくなって、ウナギ屋さんがバタバタと店を畳んでしまって。

以前は、ウナギの保全活動とかそういったことは自分の仕事ではないと思っていました。よく「農学栄えて農業滅ぶ」と戒められるように、学問をする人は学問に夢中になるあまり、その先にある応用はあまり考えない。僕も初めはウナギ研究のおもしろさのとりこになって、社会におけるウナギと人の関わりなどあまり考えなかった。資源に余裕があるうちはまだよかったけれど、そうも言っていられなくなった。ウナギという貴重な資源を、少なくとも絶滅させないようにするのは我々研究者の務めだし、できれば元の資源状態に戻してあげたい。そうでないとウナギも、ウナギを食べる文化もみんななくなってしまいますよね。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

どうしたらウナギを保全できるのでしょうか。

いくつか提案はあるんですが、まずは天然ウナギをとるのをやめる。特に銀ウナギ、川を下ってマリアナへ産卵に行くウナギはとらない。ただ、それを生業としてとっている方々もいるので、何かうまい補償の仕組みを考える必要がありますね。
それから、今のウナギ養殖というのは100%天然のシラスを利用して行われていますが、それを半分くらいに制限して、値段は高くなるけど、慎ましく大事に食べるというのが一つ。
日本でとれなくなったからといって外国のウナギを輸入していますが、あれは言語道断です。このまま続けていると、日本は世界で鼻つまみ者になってしまいます。世界のウナギ消費量のだいたい7割を日本人が食べているわけですが、現にニホンウナギだけじゃなくヨーロッパウナギも危機的なほど数が減っている。これは日本人が食べたためなんです。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

ウナギを食べる文化は日本だけじゃなくヨーロッパやアジア、世界中にあるんです。今、「日本人が我々の資源を危うくしている」と、ヨーロッパの人たちが怒っているんですよ。
ここのウナギを食べ尽くしたら、今度は別のウナギを。そんなふうにやっていると、私たちはいずれイナゴの群れのように世界中のウナギを食べ尽くして絶滅させてしまうでしょうね。

値段が高くなっても、うな丼を食べられる未来にしたいですね。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

そう、ウナギはファストフードではないという考え方が必要ですね。このままウナギを絶滅させてしまったら、後世の研究者になんと言い訳をすればいいか。「あいつらの代に研究し尽くして、資源も食い尽くした」ってなると困りますので。なんとかニホンウナギ保全の道を探っていきたいと思っています。

Photo: Shunsuke Suzuki Text: Marie Usuki

塚本 勝巳 [つかもと・かつみ]

1948年、岡山県生まれ。東京大学大気海洋研究所教授を経て、現在、日本大学生物資源科学部教授。農学博士。専門は海洋生命科学。2009年5月、世界で初めて天然のウナギ卵をマリアナ沖で採取し、産卵地点の特定に成功。2012年日本学士院エディンバラ公賞、2013年海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)など受賞。主な著書に『旅するウナギ 1億年の時空を越えて』(東海大学出版会、共著)、『ウナギ 大回遊の謎』(PHP新書)、『世界でいちばん詳しいウナギの話』(飛鳥新社)など。また、光村図書 小学校「国語」教科書(4年下)に「ウナギのなぞを追って」を掲載。

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