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第5回 戦後の政治・経済が英語教育に与えた影響

英語教育 温故知新

2023年8月10日 更新

米田進 秋田県教育委員会前教育長

英語教育のこれまでとこれからを、対談形式で語ります。

中学校の英語教員として3年目を迎えた中野友理香先生は、最近、生徒に英語の楽しさを伝えきれているのか不安を覚えるようになりました。恩師である米田先生に相談すると、特別講義が始まることに…。

政治・経済界は英語教育に何を求めてきたか

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米田

中野さん、ここまで学習指導要領の変遷について話してきたけれど、特に21世紀に入ってから国際化・グローバル化が進み、コミュニケーションの道具としての英語力がより必要になってきた。それに伴い経済界からの要望も強くなり、それを受けた政治主導の英語教育改革も顕著になってくるんだ。

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中野

小学校外国語活動が導入された前回の指導要領の頃からですね。

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米田

そうだね、今日はもう少し前から振り返ってみたい。特に、江利川春雄氏の「日本の英語教育と『英語教育』誌70年史年表」(月刊「英語教育」2022年4月号特別付録)が参考になるので、あとで見てみると良いよ。

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中野

わかりました。

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米田

さて、今から約70年前、1955年には日本経営者団体連盟(日経連)が大学卒業者の英語力について産業界からの希望が出されたことを発表している。その後1972年(昭和47年)3月には、日本経済調査協議会が『新しい産業社会における人間形成』で「外国語教育の抜本的改革」を提唱し、1979年(昭和54年)10月には経済同友会が小学校英語教育の実施等を提言している。

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中野

小学校に英語を導入するというのは、こんなに前から言われていたのですね。

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米田

そうなんだ。そして、1984年(昭和59年)8月には臨時教育審議会(臨教審)が中曽根内閣のもとで設置された。その第二次答申(1986年4月)では英語教育の内容や方法の見直しにも触れており、「中学校、高等学校における英語教育が文法知識の修得と読解力の養成に重点が置かれ過ぎている」との批判を受けている。

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中野

たしかに、私の親世代は英語と言えば「英文法と英文解釈」というイメージだったようです。

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米田

きっとそうでしょう。臨教審は第一次から第四次答申まで行って、その中で大学入学共通テスト創設、英語教育でのコミュニケーション重視、小学校英語の検討などを提言している。そして、そのどれもが実現している。

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中野

その頃から40年近い時が経過しているんですね。

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米田

そうなるね。そして1992年(平成4年)1月には日教組の大場委員長が小学校英語について推進する発言をしたことも注目に値する。ベルリンの壁やソ連が崩壊したあとの時代というのも興味深いね。

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中野

私が生まれる前の時代なので、ピンときませんが、世界史が動いた時代ですね。

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米田

うん。それから1997年(平成9年)2月には日経連が「グローバル社会に貢献する人材の育成を」で英語力重視を提言。冷戦体制も終わり、「グローバル化」が一挙に進む時代だった。さらに、1999年(平成11年)6月には経済同友会が入試に民間試験を活用すること、小学校に英会話を導入することを提言している。

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中野

これは、今の時代を先取りしているようですね。

「21世紀日本の構想」から

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米田

2000年以降になると英語教育について経済界からの要求も多く出されるようになり、政治とも結びついて様々な動きが見られるようになってきた。2000年(平成12年)1月には、小渕首相の私的諮問機関である「21世紀日本の構想」懇談会が英語第二公用語化の論議を提言するが、それに対する批判も相次ぐ。

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中野

英語を第二公用語にしようとしていたんですか? 驚きました。

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米田

そして同じ年の3月、臨教審などへの関わりを経て教育政策に力を入れるようになった経済団体連合会(経団連)が「グローバル化時代の人材育成について」と題した提言の中で、「英語等のコミュニケーション能力の強化―小・中・高校における英語力の育成」として「技能としての英語力の重要性」などを述べた。

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中野

経済界が教育政策に踏み込んできたんですね。

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米田

そうだね。そして、文部省も2000年1月に「英語指導法等改善の推進に関する懇談会」を発足させたが、その委員として任命された22名のうち7名が財界関係者だった。翌2001年に文部科学省から「21世紀に生きる日本人に求められる英語力」という項目から始まる、この懇談会による報告(「英語指導法等改善の推進に関する懇談会報告」)が発表されることとなる。ここでは、国民全体に求められる英語力と、専門分野に必要な英語力や国際的に活躍する人材等に求められる英語力を分け、英語力を差別化している。

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中野

指導する英語の内容を分けるというのは、一斉授業の中では難しい気もしますね。

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米田

もちろん、義務教育の範囲ではそうした英語力の差別化を実現するのは難しいね。ただ、英語指導方法等の改善については、「英語による授業の推進」「ALTの拡充とその効果的な活用方策」を、また2002年から初めて行うことになった小学校の英会話学習の今後の在り方については、将来的に英語を教科化することにもここで触れている。さらに高校入試や大学入試については、リスニングテストの導入や外部検定試験などの一層の活用が提示された。そしてこれがセンター試験でのリスニングテストの導入に結びついている。

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中野

リスニングテスト対策は私も大変でした。

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米田

そうでしょう。そして、その次の年、2002年(平成14年)には、文部科学省が「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を発表。国民全体に求められる英語力として中学校卒業段階で英検3級(平均)、高校卒業段階で英検準2級~2級(平均)程度を求めることとした。

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中野

20年以上経った今でも実際にはまだまだ高い目標のようにも思えます。

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米田

そのようだね。また同じく2002年には、内閣府から「構造改革特別区域法」が公布される。規制緩和を目的としたもので、これにより自治体として小学校から英語を実施する「英語教育特区」が作られるようになった。

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中野

小泉内閣時代ですね。

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米田

小泉内閣は2001年4月から2006年9月まで続いた。戦後では4番目に長く続いたね。2004年(平成16年)には日本経済団体連合会(経団連)が「21世紀を生き抜く次世代育成のための提言」を行う。IT化、グローバル化への対応などを含め、大胆かつスピード感のある改革を求めた。PDCAサイクルの考えも持ち込まれた。そして、2008年(平成20年)には中央教育審議会(中教審)の答申が出され、小学校への英語教育として、高学年に外国語活動(英語活動)が「領域」として導入されることになる。

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中野

この時代から目まぐるしく英語教育が変わっていくのですね。

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米田

うん。2011年(平成23年)には経団連が「グローバル人材の育成に向けた提言」を行う。ここでは「産業界が求めるグローバル人材と、大学側が育成する人材との間に乖離が生じている」との「苦言」がみられる。同年、文部科学省は「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」を提言。これは文部科学省が主催した「外国語能力の向上に関する検討会」によるものだった。この検討会は12名の委員で構成されていたが、その中には財界等からの委員が6名入っている。

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中野

委員の半数が財界からだったんですね。

教育再生実行本部による英語教育改革

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米田

2012年(平成24年)9月26日に自由民主党総裁に就任した安倍晋三氏は、同年10月に経済再生と教育再生を要とする考えで、党の組織運動本部に、直属機関として「教育再生実行本部」を設ける。その後、第2次安倍内閣がスタートすると間もなく、2013年(平成25年)1月に首相の私的諮問機関として「教育再生実行会議」が開かれることになる。併せて、2012年12月26日には、安倍内閣が閣議で「日本経済再生本部」の設置を決定。その下に開かれる「産業競争力会議」も関わり、教育改革が進むことになるんだ。

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中野

まさに今の時代の英語教育大改革時代の始まりですね。

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米田

2013年(平成25年)4月に、教育再生実行本部(遠藤利明本部長)が高校卒業段階で英検2級以上を全員達成すること、大学受験資格及び卒業要件としてTOEFL等における一定以上の成績を求めることなどが「成長戦略に資するグローバル人材育成部会」の提言として出される。同年6月に閣議決定された「第2期教育振興基本計画」では生徒に求める英語力の目標(英検を利用)などに加え、英語教員に求められる英語力の目標(英検、TOEFL iBTなど)も入ってくるんだ。

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中野

これには大きな批判と論争が巻き起こったと聞いたことがあります。

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米田

それはもう英語教育界だけでなく、日本中でさまざまな意見が出てきたよ。そして、2013年12月13日に文部科学省が発表した「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」によると、小学校中学年に英語を週1~2コマ、高学年に教科型英語3コマ、中学校では英語で授業を行うことを基本とすることなどを挙げ、2020年の東京オリンピックを目指した英語教育の展開を図ろうとした。

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中野

当時はそうした熱気に包まれていたのですね。

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米田

その通りだね。2014年(平成26年)9月には「グローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言」(英語教育の在り方に関する有識者会議)が発表され、2016年12月、中教審答申が出される。ここでは、英語教育については小学校では3年からの外国語(英語)活動、5年からの教科としての外国語(英語)、中学校における英語での授業の実施などが入っているが、実質的には2011年の経団連の「グローバル化人材の育成に向けた提言」からの流れに沿ったものだった。その後、経団連は2018年に改訂が予定されていた「第3期教育振興基本計画」に向けて2017年(平成29年)6月に「第3期教育振興基本計画に向けた意見」をまとめている。そして2018年(平成30年)に中教審は経団連の意見を受けて「第3期教育振興基本計画」策定、閣議決定された。

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中野

この20数年は経団連等の財界が英語教育の変化に大きな影響を与えてきたんですね。

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米田

そうだね。ただ、2020年から新型コロナウイルスによる影響で、教育のカタチも変わってきている。そしてICTを活用した教育も加わってきており、児童生徒そして教員、保護者を取り巻く教育環境が大幅に変化してきているよね。

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中野

私自身は、英語が好きで、英語の教師を目指したのですが、お話を伺って国の政策が大きく関与しているということをしっかりと意識しなければならないと感じました。

 (つづく)

米田進(よねた・すすむ)

秋田県教育委員会前教育長

1951年秋田県生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。秋田県立高等学校教諭・校長等を経て、2011~2020年度まで秋田県教育委員会教育長。

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