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第6回 英語の指導法にも新たな考え方が… 明治~昭和中期の英語教授法

英語教育 温故知新

2023年11月9日 更新

米田進 秋田県教育委員会前教育長

英語教育のこれまでとこれからを、対談形式で語ります。

中学校の英語教員として3年目を迎えた中野友理香先生は、最近、生徒に英語の楽しさを伝えきれているのか不安を覚えるようになりました。そこで恩師である米田先生に、どうしたらもっと英語の授業を良いものにしていくことができるのか、相談をしにやってきました…。

主な英語教授法の概要

中野先生の画像

中野

学習指導要領の変化について、歴史を振り返っていただきましたが、実際に先生方はどのように指導されていたのでしょうか。

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米田

そうだね、もっと大きな歴史の流れで見てみると、明治時代から現代に至るまで、英語と格闘するために先人は想像もできないような苦労を重ねてきたんだ。教育の場においても、時代の要請にも応えながら英語の指導方法について試行錯誤を繰り返し、ここに至っている。

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中野

一言で「英語力」と言っても、求められる能力はずいぶん違いますよね。

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米田

そのとおりだね。中野さんも聞いたことがあると思うけど、例えば明治初期の高等教育はいわゆる「御雇い外国人」によって英語やドイツ語など、外国語で行われていたんだ。とにかくできるだけ早くたくさんの知識・技術などを取り入れる必要があったんだろうね。今の “Content-based Approach” つまり内容重視のアプローチのようなものだったと言えるかもしれない。少なくとも授業の時は英語(外国語)に浸っていたということだろうね。大変だったんだろうと思うけど、日本にいながら海外留学をして学んでいるような雰囲気だったのだろう。

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中野

そんな環境で英語など外国語を学べるなんて、私は少し羨ましく感じてしまいます。

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米田

そうかもしれないね。でも、それが必ずしも最良の環境と言い切れるかどうか…。その後、日本でも教育を取り巻く環境が整備されるにつれて、日本人による教授が主流になっていった。この裏には、学者を含め多くの人たちの苦労があったと思う。高等教育が日本語によって行われることになったということは、ある意味で誇るべきことであると言えるだろう。

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中野

そうか、たしかに高度で専門的な内容の数学や科学、哲学などの授業を英語やドイツ語でされたら、内容を十分には理解できなかったかもしれません。

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米田

そう、さまざまな専門分野のことを慣れ親しんだ言語で学べるというのは、贅沢なことなんだよ。さて、このころの外国語教育に関して言えば「文法訳読」が中心となっていた。なぜかと言うと、当時は主に海外の先進国から来た文献を通して学んでいたことと、高等教育機関に進学するときの選抜に英語の筆記試験が課されたことなどが関係しているようだ。まずは書かれている内容を理解することが優先されたんだね。その結果、音声面では十分な訓練(教育)がなされず、聞き取る力や話す力は不十分だったんだ。

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中野

英語教育が文法と読解力の養成に重点が置かれ過ぎているとの批判は、以前の話題でも触れられていましたね。(→第5回

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米田

うん。そうだね。では、ここからは日本の英語教育における代表的な指導方法・理論について概要をお話ししていこう。

パーマーのオーラルメソッド

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米田

日本の英語教育を語る上で欠かせない人物の一人として、パーマー(Harold E. Palmer, 1877~1949)という人物がいるのだが、中野さんは知っている?

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中野

ええと、大学の頃のテキストで名前を聞いたことがあるような…。

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米田

そうか、ではこの機会にもう一度確認しておこうか。ロンドン出身のパーマーは、1922年(大正11年)に文部省の英語教授顧問として来日し、翌1923年に英語教授研究所を創設した。それ以前に10数年間ベルギーで外国人に英語を教えていたが、戦争のためイギリスに引き揚げている。ロンドン大学でSpoken Englishを教えながら、自分の実践を言語学や心理学によって理論化していた人物なんだ。

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中野

大正時代に日本に来ていたんですね。

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米田

そうだね。パーマーの教授法の原則は、まず音声から入ること。外国語学習の目標は言語を実際に使うことにあると考えていたために、言語の運用が第一であるとした。彼はその言語運用の4つの技能を、音声言語の領域(聞く・話す)と文字言語の領域(読む・書く)に分け、前者を「第1次伝達」、後者を「第2次伝達」とした。そして第1次伝達をまず学習し、次にその成果をもとにして第2次伝達を学ぶのが合理的な順序であると考えた。

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中野

現在の小学校の英語のように、聞いたり話したりすることを優先しているんですね。

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米田

そうなんだ。従来のように読んで訳すことができればいいという授業とは大きく違っていた。この教授法をオーラルメソッド(Oral Method)と呼ぶ。オーラルメソッドを学校の授業に導入するには、それまでの読本中心の授業と融合する必要があり、苦労したようだ。そこで、先進的な日本人教師たちの協力を得て、授業の最初に教師がやさしい英語で新しい教材を説明するという、オーラル・イントロダクションを行い、それについて英語で問答してから教科書に入るというような指導手順が考案されたそうなんだ。

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中野

米田先生も授業のときにこうしたオーラル・イントロダクションを行っていましたね。

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米田

そうだったね。そしてパーマーは1936年の離日まで英語教授研究所(現在の一般財団法人語学教育研究所の前身)の所長として、英語教育の研究、講演、教材作成などで多大な功績を残した人物でもある。過去の人と侮るなかれ、まだまだ彼の残した指導理論から学ぶべきものは多くあると思うよ。

オーディオリンガル・メソッド(オーラル・アプローチ)

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中野

戦後には、どのような指導法が広がったのでしょうか?

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米田

戦後の混乱を経て、1950年代末にはオーディオリンガル・メソッド(Audiolingual Method)が日本に入ってくる。このメソッドは第二次大戦中にアメリカ軍のために開発された俗にArmy Methodと呼ばれる外国語の集中訓練法に由来すると言われている。正式にはArmy Specialized Training Programと言うものなんだ。ASTPだね。

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中野

Army Methodですか! 何だか物騒なネーミングですが、どんなものなのでしょうか?

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米田

これは、戦時中、敵国の言葉を理解し、通訳、翻訳そして暗号解読などを行うためにアメリカ陸軍によって開発された言語訓練のためのプログラムなんだ。まず、シニア・インストラクター(アメリカ人が日本語を学ぶ場面では、そのアメリカ人と同じ母語の人)から文法構造などの説明を受ける。そしてそのあと、ドリルマスターと呼ばれる人(同じく、アメリカ人が日本語を学ぶ場合では日本語を母語とする人)が基本文を口頭で与え、学習者はそのモデルを真似して覚えていくやり方だね。

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中野

なるほど…。では、これを受け継いだオーディオリンガル・メソッドあるいはオーラル・アプローチというのはどんな指導法だったのでしょうか。

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米田

オーディオリンガル・メソッドは、ミシガン大学の言語学者フリーズ(Charles C. Fries, 1887~1967)等が開発した構造言語学に基づくオーラル・アプローチと行動心理学の学習理論が加わって考案された英語教授法なんだよ。簡単に言うと、言語というのはImitation(模倣)とPractice(練習)によって習得されるとし、学習者は反復練習と間違いの訂正によって習得するという考えなんだ。これは、Stimulus(刺激)、Response(反応)、Reinforcement(強化)によってHabit(習慣)が形成されるという行動心理学の習慣形成理論に基づいているという。

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中野

少し難しいですね…。

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米田

たしかにそうかもしれないね。でも、その指導法の中の代表的なものとして挙げられるのがPattern Practice(パターン・プラクティス)なんだ。モデルとなる文をもとに、Substitution(置換)、Conversion(転換)などを繰り返す練習方法のことだよ。

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中野

なるほど、パターン・プラクティスのもとになっている理論なんですね。

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米田

うん。具体的に言うと、例えば、I can swim. をもとに、先生が、questionと言えば、生徒はCan you swim? と言い、次に先生がYesと言えば、生徒はYes, I can. 先生がwhatと言えば生徒がWhat can you do? と言う。さらに、先生がswim↗と言えば、生徒はCan you swim? そして先生がtheyと言えば、Can they swim? その後、先生がNo と言うと生徒はNo, they cannot....という具合だ。

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中野

反復練習を行うパターン・プラクティスがArmy Methodと呼ばれるのは、何となく分かるような気がしますね。

米田先生の画像

米田

もちろん、もっと複雑な例もあるが、自然な言語のやりとりにはならず人工的であるという印象は否めなかったと振り返る研究者もいる。学習者に興味を持たせるような練習でもなく、実際の場面ではあまり役に立ちそうもないね。これに加えて、チョムスキー(Noam Chomsky, 1928~)による行動主義に対する理論的批判などもあり、この方法はやがてフェイドアウトしていくことになる。この教授法全体の問題点については『日本の英語教育200年』(伊村元道 著/大修館書店)の78~79ページに出ているので機会があったら読んでみたらどうかな。

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中野

はい。たしかに、決められたフレーズや短い会話のやり取りを短期間で習得するのには良いかもしれませんが、自分の考えを表現したり、相手の言ったことに適切に応答したりする能力を育てるには向かない指導法なのかもしれませんね。

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米田

そうだね。軍隊や工場のような決められた会話で効率よく指示・命令を伝達するため、あるいは確認するためには適している指導法だったんだろう。そういう点でも、この指導法もある意味で時代の要請から生まれたものだったのかもしれないね。なお、このオーラル・アプローチには、文型の口頭による導入、ミム・メムと言われる模倣記憶練習、P-P dialog(生徒同士の対話)なども含まれているんだ。次回はここまでの流れを踏まえて、その後の指導法について話していこうか。

 (つづく)

本記事の一部は、鳥飼玖美子・鈴木希明・綾部保志・榎本剛士 編著『よくわかる英語教育学』(ミネルヴァ書房、2021)、伊村元道 著『日本の英語教育200年』(大修館書店、2003)などを参考にさせていただきました。著作関係者の方々に御礼申し上げます。 

米田進(よねた・すすむ)

秋田県教育委員会前教育長

1951年秋田県生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。秋田県立高等学校教諭・校長等を経て、2011~2020年度まで秋田県教育委員会教育長。

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