みつむら web magazine

第7回 英語の指導法にも新たな教え方が… 昭和後期~現代の英語教授法

英語教育 温故知新

2023年12月27日 更新

米田進 秋田県教育委員会前教育長

英語教育のこれまでとこれからを、対談形式で語ります。

中学校の英語教員として3年目を迎えた中野友理香先生。着任以来、振り返る余裕もなく一所懸命に授業をしてきましたが、最近になって、生徒に英語の楽しさを伝えきれているのか不安を感じるようになりました。恩師である米田先生に、どうしたらもっと英語の授業をより楽しく力がつくものにしていくことができるのか、相談にやってきました。

ナチュラル・アプローチ

中野先生の画像

中野

前回はパーマーの「オーラルメソッド」から始まり、戦後に「オーディオリンガル・メソッド」が指導法に取り入れられてきたことを伺いました。その後はどのような指導法に変わってきたのですか?

米田先生の画像

米田

1970年代後半から80年代前半にかけて、クラッシェン(Krashen, S. 1941~)とテレル(Terrell, T. D. 1943~1991)によって、ナチュラル・アプローチ(Natural Approach)という成人のための第二言語/外国語教育の指導法が開発された。

中野先生の画像

中野

クラッシェンは「インプット仮説」でも有名ですね。

米田先生の画像

米田

うん。ナチュラル・アプローチは、リスニングやリーディングによるインプットを重視するとともに、話すように強制されたり、間違いを気にしたりすることから生まれる不安を感じないような環境の中で学習者が学べるようにしている。教室内において和やかな雰囲気をつくり、学習者の情意フィルターを下げること、つまり学習に対する不安感、学習意欲の減退、自信喪失などが生じないよう、心理的な障壁を低くすることで、第二言語の習得に支障をきたさないようにするんだ。

中野先生の画像

中野

人前で英語を話すのをためらう生徒も多いので、教室の雰囲気づくりというのは、私もいつも気にしているところです。

米田先生の画像

米田

それはいいね。教室の雰囲気づくりは、良い授業をする上でとても大事だね。さて、ナチュラル・アプローチでは、他にも学習者が理解できるインプットとなるように配慮するとともに、教師は学習者の習熟度に応じて目標言語の発話を適切に行い、うまく誘導しながら学習者が自分の考えなどを表現しやすいように支援していくことを求めている。また、第二言語による伝達能力をつけるには、理解の方が運用に先立つという考えに立脚しているので、学習の初期段階においては、発話を求めるようなことは避けるようにするとともに、意思伝達の際には学習者の誤りを訂正しないようにすることを重視している。

中野先生の画像

中野

十分なインプットの上でアウトプットができるようになるという考え方ですね。ただ、生徒が間違った表現をしていると、教師としてはどうしても直したくなってしまいます…。

米田先生の画像

米田

うん、それもよく分かる。確かに生徒には正確な表現を身につけて欲しいものだしね。ナチュラル・アプローチは、コミュニケーションを重視すること、内容を重視することなど、現代につながる指導法とも言える。ただ、インプット中心の指導により習得が可能であるということの検証がなされなかったことなどもあり、1980年代半ばから批判が起こるようになったと言われている。(→もっと詳しく❶

コミュニカティブ・アプローチ

中野先生の画像

中野

ナチュラル・アプローチのほかには、どのような指導法が提唱されたのでしょうか。

米田先生の画像

米田

そうだね、オーディオリンガル・メソッドの後、英国ではコミュニケーションの機能を重視したハリデー(Halliday, M. A. K. 1925~2018)等による教授法が、また米国では、社会言語学者ハイムズ(Hymes, D. 1927~2009)による社会言語学の知見を取り入れた教授法が開発された。これにヨーロッパ言語教育に関する研究が合わさってコミュニカティブ・アプローチと呼ばれる指導法が生まれた。(→もっと詳しく❷

中野先生の画像

中野

コミュニカティブ・アプローチというのは、どのような考え方に基づく指導法ですか?

米田先生の画像

米田

ええと、ハイムズはコミュニカティブ・コンピテンス(Communicative Competence)という新しい言語観を導入した。人間のコミュニケーションは、ある特定の社会的場面において行われるため、人間関係や使用場面などの制約を受ける。そのため言語の正確さに加えて、特定の状況においても特定の相手に対してどのように話すべきか、という適切さが求められるとしたんだ。(→もっと詳しく❸、❹

中野先生の画像

中野

確かに、相手によっては失礼に感じる表現や、不適切な場面というのがありますよね。

米田先生の画像

米田

そうだね。ハイムズは「言語知識」と「使用技能」の両方を身につける必要があるという考えを持っていたということだろう。そして、このハイムズの考えを第二言語習得の領域で発展させたのが、カナル(Canale, M.)とスウェイン(Swain, M.)だった。彼らは、コミュニケーション能力は次の4つが相互に関係し合っているものであると提唱した。

① Grammatical Competence 文法能力
② Sociolinguistic Competence 社会言語学的能力
③ Discourse Competence 談話能力
④ Strategic Competence 方略的能力

ここで使われているCompetence(能力)には「知識」と「技能」という両方の意味が含まれていることを、忘れてはいけないと思うね。
なお、この考えに基づく授業は、(1) 授業の目標をコミュニケーション能力の育成に置く、(2) 言語形式の正確さ(Accuracy)よりも言語使用の流暢さ(Fluency)を重視する、(3) 学習者は目標言語を用いて情報交換活動や役割練習など、言葉を実際に使う活動をペアやグループで行う、といった特徴を持っているんだ。

内容重視アプローチ、内容と言語統合学習(CLIL)

中野先生の画像

中野

こうして見ると、実に多様な指導法がありますね。

米田先生の画像

米田

そうだね、それだけ英語や外国語の指導には試行錯誤が重ねられてきたとも言えるね。さあ、最後に「内容重視アプローチ(Content-based Instruction)」と「CLIL(Content and Language Integrated Learning)」について触れてみよう。

中野先生の画像

中野

最近、よく聞くようになりましたね。

米田先生の画像

米田

うん。まず、「内容重視アプローチ」は学ぶ対象となる言語よりも、トピックや内容に焦点を当てたアプローチだが、これには利点もあるが問題点もあると言われている。利点としては、学習そのものが楽しくなり、動機付けが高まる可能性を拓くことができる。内容に集中することで、付随的に言語の力が伸びることも期待されるという。また、言語の学習を通じて世界に関する知識を得られることも、大きな利点と言えるね。

中野先生の画像

中野

たしかに英語を勉強していても内容がつまらなければ、学習のモチベーションが維持できませんよね。

米田先生の画像

米田

しかし一方で、言語的なルールを学ぶということを考えると、いわゆる「体系的」に順序よく学習内容を提示できないことが多くなる恐れがある。また、学習者が「言語を学んでいる」のか、「内容を学んでいる」のかわからなくなることもあり得るという見方もあるようだね。(→もっと詳しく❹

中野先生の画像

中野

なるほど、基本的な文法や表現を身につけさせることも必要だということですね。

米田先生の画像

米田

CLILは内容と言語の学習を融合したものだが、鍵となるのが「内容」(Content)、「コミュニケーション」(Communication)、「思考」(Cognition)、「文化」(Culture)の4つのCであると言われているね。(→もっと詳しく❹
最近は英語教育雑誌などでも、CLILをヒントにした授業づくりが行われている小中学校もあると紹介されているね。しかし、日本ではまだ一般的に広まっているとまでは言えないように思う。

中野先生の画像

中野

CLILの授業はチャレンジしてみたいものの、まだまだ私自身のスキルを磨かなければ、上手くできないかもしれません。

おわりに

米田先生の画像

米田

さてさて、少し駆け足になってしまったが、さまざまな指導法について紹介させてもらったよ。他にもメソッド、アプローチと呼ばれるものはあるが、指導法に関する参考図書はたくさんあるから、興味や関心に合わせて読んでみるといいよ。私も様々な本を読んだりして先人の業績に学んできたし、例えば良い本や考え方があったら、それを若い世代に伝えていきたいと願っているんだ。

中野先生の画像

中野

米田先生に学習指導要領の変遷を解説していただき、それらと合わせて指導法についても移り変わってきた経緯を教えていただきました。これまではなんとなく教えていたことでも、「なぜこの活動をするのか」「なぜこの方法で指導するのか」と考えながら授業を組み立てる必要性を感じました。

米田先生の画像

米田

そうだね。いろいろな指導法の長所をうまく取り入れ、少しずつ、自分なりの工夫を重ねながら、中野さんの指導スタイルを作っていくといいんじゃないかな。「最良の指導法はこれしかない!」と思い込む必要はないし、試行錯誤を繰り返し、一人一人の学習者にどう寄り添って、自主的・自発的に学習する意欲を持たせるかがポイントだと思うよ。

中野先生の画像

中野

ありがとうございます。モヤモヤとした気持ちを抱えていましたが、少しずつ前に進めたような気がします!

(つづく)

もっと詳しく知るための参考文献

❶スティーブン D.クラッシェン・トレイシーD.テレル『ナチュラル・アプローチのすすめ』藤森和子訳(大修館書店)
❷鳥飼玖美子・村井章介『歴史は眠らない 2011年2・3月 英語・愛憎の二百年/海がつないだニッポン(知楽遊学シリーズ)』(NHK出版)
❸青木昭六『英語科教育法の構築と展開』(現代教育社)
❹鳥飼玖美子・鈴木希明・綾部保志・榎本剛士『よくわかる英語教育学』(ミネルヴァ書房)

第4〜7回 参考文献(上記以外)

  • 明石康・NHK「英語でしゃべらナイト」取材班『サムライと英語』(角川oneテーマ21)
  • 伊村元道『日本の英語教育200年』(大修館書店)
  • 斎藤兆史『英語襲来と日本人 えげれす語事始』(講談社選書メチエ)
  • 斎藤兆史『日本人と英語 もうひとつの英語百年史』(研究社)
  • 高梨庸雄・高橋正夫『新・英語教育学概論』(金星堂)
  • 英語科教育実践講座刊行会『ECOLA 17英語科教育実践講座』(ニチブン)
  • 江利川春雄「日本の英語教育と『英語教育』誌70年史年表」(「英語教育」2022年4月号 特別付録/大修館書店)
  • 江利川春雄『英語と日本人 挫折と希望の二〇〇年』(ちくま新書)
  • 杉本つとむ『日本英語文化史の研究(杉本つとむ著作選集8)』(八坂書房)
  • 瀧口優「日本における英語教育政策への経団連等の影響とその変遷」(白梅学園大学・短期大学紀要)
  • 佐藤義隆「日本の外国語学習及び教育の歴史を振り返る」(岐阜女子大学紀要) 
  • 小川修平「英語教育の歴史的展開にみられるその特徴と長所」(盛岡大学紀要)
  • 1947年 学習指導要領試案 pp. 20-21
  • 笹山晴生・佐藤信・五味文彦・高埜利彦『詳説 日本史』(山川出版社)
  • 全国歴史教育研究協議会『日本史B用語集』(山川出版社)

米田進(よねた・すすむ)

秋田県教育委員会前教育長

1951年秋田県生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。秋田県立高等学校教諭・校長等を経て、2011~2020年度まで秋田県教育委員会教育長。

関連記事

記事を探す

カテゴリ別

学校区分

教科別

対象

特集