英語教育 温故知新
2024年3月29日 更新
米田進 秋田県教育委員会前教育長
英語教育のこれまでとこれからを、対談形式で語ります。
小学校で教える花井俊太郎先生と、中学校で教える中野友理香先生は、英語の授業をより良いものにするために恩師である米田先生のところへ相談にやってきました。今回のトピックは…。
ことわざと英語の学習
花井
前回は「英語の歌」について教えていただきました。他にも子どもたちに興味をもってもらえそうなトピックはありますか?
米田
そうだね、「ことわざ」はどうだろうか? 国語でもことわざは小学校3年生から学習するので、「英語にもことわざがあるんだよ」と児童に伝えると、興味をもってもらえるかもしれないね。
中野
たしかに、ことわざには先人の知恵が詰まっていますから、自分が困っているときに支えてくれたり、勇気やエネルギーを生み出してくれたりするものに出会えるかもしれないですね。私も「千里の道も一歩から」の気持ちで英語学習を頑張ってきました。
米田
そうだね、私も常々「初心忘るべからず」を肝に銘じているよ。よし、今日は「英語のことわざ」についてお話しよう。
A is Bのことわざ・名言
米田
まずは、どのようなことわざを、どの学年で提示するのがいいのか考えてみよう。
花井
できるだけ教科書で扱っている表現と文構造が同じものがあるといいですよね。
米田
そうだね。『Here We Go!』の5・6年生ではbe動詞、助動詞のcan、一般動詞のlike、make、speak、wantなどや命令形、Let’s~の表現などが出ている。だから、小学校ではA is Bの形を使ったことわざは適宜紹介してもいいと思う。
中野
A is Bの形であれば、子どもたちもすぐに理解できそうです。
(1) Time is money.
米田
まずは、有名なこのことわざから。アメリカの政治家、ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin, 1706~1790)が著作で残した言葉として有名になったが、もっと古くからあるとも言われ、その起源については諸説あるようだ。これを訳した「時は金なり」というのはすっかり定着している。また似たものに「一刻千金」という言葉もあるけれど、Time is money. と一刻千金には意味に少しズレがあるようだ。
中野
Time is money. は「時は金なり」と覚えていました。「一刻千金」も同じような意味に思えますが、どのように違うのですか?
米田
Time is money. の方は「時間は金銭と同じく貴重なものであるから、時間を浪費してはいけない」という意味。一方、「一刻千金」は宋代の詩人、蘇軾(そしょく、1036~1101)の「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこくあたいせんきん)」と題する詩に由来し、楽しい宴会が終わりに近づき、春の夜の移りゆくのを惜しむ気持ちを歌ったものなんだ。「わずかな時間が千金にも相当し、楽しい時や貴重な時が過ぎやすいのを惜しんでいる」ことを表しているという。分かる気がするなぁ。
花井
たしかに、似ているようで違いますね。文化や時代背景などの違いも話してみたくなってしまいそうです。
(2) Knowledge is power.
米田
「知識は力なり」というのは、イングランドの哲学者であるフランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1561~1626)が最初に著作の中で使ったとされる。日本語に訳されるときには「知は力なり」ということもある。日本語の「知」は知識や知恵など広い意味を持つが、knowledgeは知識(知ること)・学識という、より狭い意味で使われる。
中野
A is Bの形をしたことわざにはSeeing is believing.(百聞は一見に如かず)というのもありますね。
米田
そうだね。今やバーチャル・リアリティ(VR)つまり「仮想現実」の世界での“疑似体験”もできるようになったが、やはり五感を使って直接いろんなことを体験することも大切にしたいね。また、A friend in need is a friend indeed.(まさかの時の友こそ真の友)というのもある。これはin need とindeedが韻を踏んでいるね。他にもたくさんあるから、自分の気に入ったものの中から子どもたちも興味をもちそうなものを紹介すると良いと思うよ。
一般動詞を使ったことわざ・名言
米田
次に一般動詞を使ったことわざを紹介しよう。ここでは3人称単数現在の形も含めて覚えてしまおう、という姿勢で紹介するとよいだろう。
花井
3人称単数は最初につまずくポイントですから、まずは決まったフレーズとして覚えてしまうのも良いかもしれませんね。
(3) Practice makes perfect.
米田
直訳すると「練習が完全をもたらす」、意訳すると「習うより慣れよ」という感じだろうか。英英辞典では<used to say that if you do an activity regularly, you will become very good at it.>とあり、さらに別の辞書では<said to encourage someone to continue to do something many times, so that they will learn to do it very well.>と説明されている。「継続は力なり」としても良いかもしれない。
中野
動詞のmakeのあとには形容詞のperfectではなく、名詞のperfectionがくる方が文法的には正しいのでしょうか?
米田
そうだね。しかし、ここでは文法的な完璧さよりもむしろ「響きの良さ」を重視していると考えたほうが良いだろう。ことわざは文法にとらわれないことがよくあるので、そのままの形で覚えればいいよ。また、practiceとperfectが頭韻を踏んでいて、そのリズムも実際に言ってみると感じられる。
中野
たしかに、声に出してみるとリズムもつかみやすいですね。
(4) A good beginning makes a good ending.
米田
日本語にすると「よい始まりがよい終わりを作る」「初めが肝心」ということだね。一方で、日本語のことわざの中にも「終わりよければ全てよし」というのがあるね。これはシェイクスピア(William Shakespeare, 1564~1616)の戯曲All’s Well That Ends Well がきっかけで広がったとも言われている。All’s well that ends well. の方は、中学校で関係代名詞が出てくる頃には説明して覚えさせることもできるだろう。
中野
英語の名言・格言といえばシェイクスピアですが、ふだん何気なく使っている言葉の中にも彼の言葉の影響があるんですね。勉強になります。
米田
うん、調べてみるととても多いというのが分かってびっくりすると思うよ。
(5) Haste makes waste.
米田
直訳すると「急ぎは浪費を作るもとになる」、日本語のことわざに当てはめると「急いては事をし損ずる」だ。これはhasteとwasteが韻を踏んでいる。「急がば回れ」ということだが、『イソップ物語』の「ウサギとカメ」にはSlow and steady wins the race. という教訓がある。Make haste slowly. という言い方もある。make hasteはhurryの古い言い方だ。話はそれるけど、イソップの「ウサギとカメ」は考えるヒントが色々と含まれていると思うので、例えば道徳の時間などでの話し合いのネタにもなるんじゃないかな。
花井
これは本当に、子どもたちだけでなく、大人にとっても教訓にすべきことわざです。「ウサギとカメ」の話は、子どもの頃にはピンとこなかったものの、大人になって振り返ると本当にその通りだったと思うことばかりです…。
米田
花井先生の言わんとするのは、油断しないでもっと頑張っていればよかったなぁということかな。It is no use crying over spilt milk.(こぼれたミルクを嘆いても仕方がない)という感じかな。日本語だと「覆水盆に返らず」だけど、過去のことをくよくよ悩まないようにしよう。大切なのはこれからだよ。この「覆水盆に返らず」というのは中国の故事から来ているね。子どもたちに調べさせてもいいと思うよ。さて、まだまだたくさん紹介したいところだが、今日のところはここまでにしようか。
中野
やっぱりことわざには先人の知恵が詰め込まれていて、一つ一つに深みがありますね。
花井
本当に、改めてこうして紹介されると、実に多様な表現があって、すっかりことわざの沼にはまりそうです。
米田
そう言ってもらえると嬉しいよ。次回は、もう少し文法的にも複雑なことわざを紹介しよう。
(つづく)
米田進(よねた・すすむ)
秋田県教育委員会前教育長
1951年秋田県生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。秋田県立高等学校教諭・校長等を経て、2011~2020年度まで秋田県教育委員会教育長。