英語教育 温故知新
2024年10月10日 更新
米田進 秋田県教育委員会前教育長
英語教育のこれまでとこれからを、対談形式で語ります。
小学校で教える花井俊太郎先生と中学校で教える中野友理香先生は、英語の授業をより良いものにするために恩師である米田先生に相談にやってきました…。
はじめに
花井
米田先生、前回は聖書の英語とシェイクスピアについてお話しいただきました。たくさんのお話をお聞きして、だんだんと私もついていくのが大変になってきました…。
米田
そうか…。実は私もそう感じていたところだよ(笑)。今日は最後だから、少し気楽に構えて聞いてくれればいいよ。
中野
よろしくお願いします!
ジェスチャー
米田
これまで色々な話をしてきたけれど、まず子どもたちに伝えたいこととしては、人と人とのコミュニケーションは言語のみによって成り立つわけではない、ということ。日常生活では言語以外にも様々な要素が複雑に絡み、お互いの意思、思いが伝えられるよね。
花井
口調や顔の表情も重要な要素ですよね。私も授業のときは意識しているつもりです。
米田
いいね、そのとおり。そして、ジェスチャーを交えて話すことも大切だ。だけど、そのジェスチャーも国によって違った意味をもつことがあるので注意が必要なんだ。今日は、英語表現の中にあるジェスチャーと、それが意味する内容を話していきたいと思う。
中野
そういえば、英米人の方が話す時に両手にチョキを作って、人差し指と中指をしきりに曲げていたのを見て、何をしているのだろうと不思議に思っていたことがありました。
花井
え? ダブルピースサインか何かなの?
米田
うーん。それは引用符「“ ”」を表すジェスチャーだね。ダブルクォーツ(double quotes)という語が辞書にも載っている。引用を表わすこと以外に強調したい時、皮肉を言う時、からかうような時に使うようだ。日本語での会話ではほぼ使われることがないから、たしかに戸惑うかもしれないね。
中野
そうなんです。今の話を聞いて合点がいきましたが、ジェスチャーの意味を知るまではなんだか相手がちょっとふざけているのかな、と思ったりもして、少し不快な気持ちを抱いてしまいました。でも、こうした無知が異文化への誤解につながったりもするのかな、と思い勉強になりました。
花井
私も引用符のジェスチャーの意味をはっきりとは知りませんでした。子どもたちに教えたらみんな楽しんで使いそうなジェスチャーですね。
米田
そうかもしれないね。で、たった今、中野さんの言ったとおり、日本人から見ると不快に感じるジェスチャーもあるだろうし、反対に日本では当たり前に行うジェスチャーや仕草が、他の国の人にとってはとても失礼なことだったり、不愉快な思いをさせることだったりということもあるかもしれない。だから、外国語を教える教師としては常に他者から見たらどう映るのかを意識するのは大事だと思うよ。そして、そうした文化が異なる相手に対して、寛容であることも大切なんだと児童生徒たちに教えていきたいね。
花井
もっともっと教師として学んでいかなければいけませんね。
英語の中のジェスチャー
米田
そうだね。学ぶことは無限…。さて、それでは本題の英語表現の中のジェスチャーについて具体的に紹介していこう。まずは「手・指」を使ったジェスチャーについて。
① thumbs up
これは親指を上向きにすることで同意、満足、よくやった、の意味を表す。SNSで「いいね!」といえばこれだから、今やだれもが知っている表現だね。反対にthumbs downは不同意、不満足の意味を表す。これも、スポーツ観戦でブーイングをする時によく見かけるジェスチャーだから、よく知られているだろうね。
② You should not poke (point) a finger at others.
この指さすという動作は人をあざける、非難するという意味になる。日本でも同じように人を指差すのは失礼なふるまいとされているね。
③ She signaled to me by shaking her forefinger in warning.(彼女は人指し指を振って警告した。)
人差し指を振るのは警告のジェスチャー。子どもに向かって禁止や注意を促すときにもよく使われる。
中野
この辺のジェスチャーは、日本でもわりと馴染みがあったり、よく使うものもありますね。
米田
そうだね。一昔前までは映画の中でしか見かけなかったジェスチャーも、最近では当たり前のように使われるものもあるね。次はもう少しマイナーなジェスチャーを紹介していこう。
④ We’re all keeping our fingers crossed.
これは、中指を人差し指にかけて十字の形を作り、その力で悪いことが起こることを防ごうとする仕草。Good luck! にも近い表現だ。
⑤ He rubbed his hands with satisfaction.(彼は満足して揉み手をした。)
物事が順調に進んでいること、それを喜んでいることを示して、「しめしめ」「うまいうまい」という感じのときのジェスチャー。
⑥ rub one’s thumb and index finger together(親指と人差し指の腹をこすり合わせる)
これは「金をくれ」という意味のジェスチャー。お札を数えるときの指の動きに由来するようだね。
花井
これは知らないものばかりでした。指で十字を作るというのは、日本にはない発想ですね。また、日本で「揉み手」というと、お代官様に頼み事をする越後屋(注江戸時代の豪商三井家が使用した屋号)をイメージしてしまいます。同じようなジェスチャーでも微妙に意味が異なるのも面白いですね。
米田
そうだね。他にも手や指を使ったジェスチャーには、⑦wash one’s hands(手を引く、日本語だと「足を洗う」といった意味)、⑧clap one’s hands(両手をたたいて人を呼んだり、褒め称える動作)、⑨clench one’s hands(手を握りしめる。緊張を表す)など、さまざまあるので、少しずつ覚えていくと役に立つだろう。
中野
他にはどのようなものがありますか。
米田
手や指以外にも次のような表現あるいはジェスチャーを覚えておくといいかもしれない。
⑩ You’re pulling my leg again!
日本語では「足を引っ張る」が人の成功や出世を邪魔するときに使うが、英語では「人をからかう」とか「人をだます」ようなときにいう。
⑪ He raised his eyebrows at my bluntness. (彼は私の無愛想さに驚いた、眉をひそめた)
raise one’s eyebrowsは驚きや疑い、非難などで眉を片一方または両方をつり上げる動作。日本語でも「眉をひそめる、眉を曇らす」という表現があるので、何か不快なことが起こると眉を動かすのは万国共通なのかもしれないね。
⑫ He just shrugged his shoulders at my question.(彼は私の質問に対してただ肩をすくめるだけだった。)
手のひらを前にして両腕を脇に垂らすか前に曲げる仕草。疑い、当惑、無関心などを示す。 その他にも、bite one’s lips(くちびるをかんで、怒りや不快感をこらえる)、drop (droop) one’s shoulders(肩を落とす。元気のないようす)、nudge(ひじなどでこづく。相手に密かに何かを知らせるときなど)、puff out one’s cheeks(ほほを膨らませる。不満の表情)、などなど日本でも同じような意味を表すジェスチャーも数多くある。
花井
少し難しい単語もありますが、ジェスチャーといっしょに覚えてしまえば、いいかもしれませんね。
米田
そう。今日はたくさんのジェスチャーについて紹介してきたけれど、くれぐれも授業で扱うときにはジェスチャーの意味を事前に調べてから児童生徒に紹介してほしい。極端な例だが、「中指を立てる」といったジェスチャーを生徒はそれが意味する内容を知らず軽い気持ちで真似するかもしれないが、大きなトラブルにつながる可能性があるので、教師から十分に伝えてもらいたい。
花井
そうですね。体を動かしながら学ぶのは楽しいですが、学ぶべきことはそれだけではないですものね。
中野
楽しいだけじゃなくて、自分が誤解をしたり、相手に誤解をされたりすることもあるといったことも伝えないといけないですね。
米田
言葉としての英語を教えるのはもちろん大事。けれども君たちにはもう一歩進んで、児童生徒たちが異文化への扉を開く手助けができる教師になってもらいたいな。頑張って!
おわりに
花井
これまで英語に関するたくさんのお話を聞いて、ますます英語の世界に興味をもってきました。
米田
とても良いことだね。英語を実用的に用いる機会が多くなり、実践的な英語力というものが世間を席巻しているような感じもする。もちろん、そういう力を付けることは大切なことなんだが言語を学ぶときはその背景も一緒に学んで本質的なところまで理解するように努めたいものだね。
中野
これまでにお聞きした先生のお話を自分の生徒たちにどんどん紹介していきたいです。
米田
そうだね。教える側としては児童生徒たちが自分で興味をもってもらえるよう、きっかけとなる窓口としていろんな種類のお話をたくさん紹介するといい。
中野
先生の英語に関するお話を聞いて、私もとても刺激をいただきました。
米田
嬉しいね。ぜひ職場の先生たちとも共有してほしい。君たちのモチベーションが高くても、一人の教員ができることにはやっぱり限界がある。学校としては教職員のチーム力を強化することで少しでも児童生徒たちに刺激を与え、自ら学んでいくためのきっかけを作り道筋をつけてあげたいものだね。 教科・科目をこえてそれぞれが専門外のことも学びながら自らの引き出しを増やしていこう。
(おわり)
第12回~15回 参考文献
- 清水建二・すずきひろし『英単語の語源図鑑』(かんき出版)
- 清水建二『英語の語源大全』(三笠出版)
- 清水建二・すずきひろし『イラストでわかる中学英語の語源事典』(PHP文庫)
- 杉田敏『英語の極意』(インターナショナル新書)
- 阿刀田高『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)
- 船本弘毅監修『一冊でわかる名画と聖書』(成美堂)
- 西尾道子・バーバラ片岡『旧約聖書の英語 現代英語を読む手引き』(講談社)
- 松永泰典編『英語固有名詞エピソード辞典』(木魂社)
- 中村圭志『教養として学んでおきたいギリシャ神話』(マイナビ出版)
- 新人物往来社編『ギリシャ神話 神々の愛憎劇と世界の誕生』(新人物往来社)
- 千足伸行『すぐわかるキリスト教絵画の見かた』(東京美術)
- 阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』(新潮文庫)
- 阿刀田高『新約聖書を知っていますか』(新潮文庫)
- 井出洋一郎『聖書の名画はなぜこんなに面白いのか 』(中経出版)
- 中野道雄『ジェスチュアの英語』(創元社)
- Aesop, Sam Pickering, Jack Zipes『AESOP’S FABLES』(Signet Classics)
- Aesop『Aesop’s Fables』(Wordworth Classics)
米田進(よねた・すすむ)
秋田県教育委員会前教育長
1951年秋田県生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。秋田県立高等学校教諭・校長等を経て、2011~2020年度まで秋田県教育委員会教育長。
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