みつむら web magazine

第2回 あなたにとって「卵サンド」とは?

日本語と英語の行間で考える

2026年4月22日 更新

キニマンス塚本ニキ 通訳・翻訳家・ラジオパーソナリティ

幼少期より日本語と英語を使い分けながら、それぞれの表現やコミュニケーションについて考えてきたニキさんの視点で、これらの魅力や ままならなさをポップにライトにつづります。

第2回 あなたにとって「卵サンド」とは?

去年、アメリカの某コンビニ大手が、日本のフランチャイズの成功例を参考にアメリカ国内の店舗を増設すると発表した。発表されたいくつもの新商品で最も注目を集めたのがJapanese-Style Egg Salad Sandwich、「卵サンド」だ。「枕のように柔らかい食パンとマヨネーズであえたまろやかな口触り」が各メディアで絶賛され、もはや伝説のサンドイッチとなりつつある。すでに海外の一部ではtamago sandoの名称が定着しているようだ。

卵サンドで思い出すのが、何年も前に現場通訳(兼雑用係)として関わった、アメリカ制作のTV番組の仕事。日本各地を紹介する旅番組で、早朝から夜まで移動と撮影が続く苛烈なスケジュールの中、ホテルの朝食にありつけない日もあった。ある夜、次の日の朝までにcoffee and egg sandwichesを人数分調達してほしいと言われた私は、深夜のスーパーやコンビニを片っ端から回って大量の卵サンドとコーヒー飲料を買いあさった。しかし、袋をのぞき込んだアメリカ人現場スタッフに「これじゃない……」と肩を落とされてビックリ。彼女が想像していたのは、目玉焼きかオムレツのように焼いた卵と溶けたチーズを挟んでグリルした熱々のサンドイッチだったのだ。「こんな片田舎の町でそんなしゃれたモノ買えるわけないでしょ! 日本でegg sandwichと言ったら卵サラダを挟んだものに決まってるの!」と逆ギレしたい気持ちをこらえて、なんとか次の日の朝を乗り越えた。言葉の壁とはまた違う、文化の壁。

その数年後、札幌での国際的スキー大会の会場下見のため、カナダ人の役員と車で移動中に「あの山が見えてきたらもう会場は近いですよ」と伝えると、役員はクスクス笑いながら“Those aren't mountains. Those are hills.”(あれは山じゃない、丘だよ)と答えた。ムッ失礼な、と思いながらやりすごしたが、その翌年、カナダのプリンスジョージという町の世界大会で日本代表チームに帯同した私は、彼の言葉の真意をようやく理解した。巨人が上空から覆いかぶさってくるような険しい山の麓で、これまでの人生でこれほど大きなものを視界に入れたことがないというスケールの巨大さに、畏怖の念にかられるほど、本当の「山」の威力を感じた体験だった。

誤解のないように言っておくが、札幌のスキー場の山だって正真正銘の「山」だし、卵サラダをパンで挟もうが、オムレツをパンで挟もうが、あなたがそれを「卵サンド」とよぶなら立派な卵サンドだ。でも、その言葉の裏に秘められたイメージや期待を全ての人が最初から共有できている保証はどこにもない。わかっているはず、通じているはず、という期待は予期せぬ形で裏切られることもある。

「あなたにとって卵サンドとは?」なんていちいち確認するような面倒くさいことはしたくないけれど、あなたが使う言葉の意味と、私が使う言葉の意味は時に似て非なる場合もあることを常に心の片隅に置いておきたい。

タイトルイラスト: 水沢石鹸

キニマンス塚本ニキ

通訳・翻訳家・ラジオパーソナリティ

1985年東京都生まれ。9歳から23歳までニュージーランドで暮らし、オークランド大学で社会学・ジェンダー学・映像学などを学ぶ。日本に帰国後、フリーの通訳・翻訳者として国内外の社会課題の啓発や対話の現場に携わる。TBSラジオ「荻上チキ・Session」やYouTubeチャンネル「ポリタスTV」などのレギュラー出演、雑誌コラムを通して発信中。著書に『世界をちょっとよくするために知っておきたい英語100』(Gakken)がある。

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