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英語をめぐる冒険 第12回

英語をめぐる冒険

2016年2月25日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第12回 現代の「自由」

翻訳の話で始まったこのエッセイ、途中から縦書き・横書きの話に飛んで、さらに宣教師の話題が出てきたかと思ったら、教育問題に及んだりと、脱線を重ねてきたが、最後くらいは翻訳の話でしめようと思う。

挿絵、猫と翻訳家

じつはいま、うちの大学で大学憲章を作ろうという話が持ち上がっている。そもそも「憲章」って、なんだよと思う方も多いかもしれない。日常会話ではまず出てこない。話の途中でいきなり「ケンショー」といわれたら、普通は「懸賞・検証・健勝」あたりを連想する。しかし「ダイガクケンショー」といえば、「大学懸賞」ではなく「大学憲章」だ。

「憲章」を『広辞苑』で引くと「重要なおきて、原則的なおきて」とある。
英語ではcharterという。『ランダムハウス英和大辞典』によれば、「(目的や綱領の)宣言(書)」にあたる。

  • the Charter of the United Nations 国際連合憲章
  • the People's Charter 人民憲章

といった感じで使う。

うちの大学も、原点に立ちもどって、大学の意義とか目的を検討し直して、これからの進むべき道を考えよう……という趣旨のもとに、大学憲章を作ることになった。それはとてもよいことだと思う。
そこでまず日本語の憲章ができあがったのだが、次にこれを英語に訳そうということになった。ぼくがその補助役を引き受けて、うちの学部のネイティヴの先生に英語版を作っていただき、ほぼできあがった頃、ひとつ問題が持ち上がった。

憲章のなかに何度か「自由」という言葉が出てきて、英語版ではそれをfreedomと訳した。ところが、大学の広報部から、うちの大学は昔から「自由と進歩」をうたってきていて、その英訳はLiberty and Progressになっている、というのだ。そういえば、明治大学駿河台校舎の中心にあるでっかい建物は「リバティタワー」だ。
たしかに、libertyもfreedomも日本語訳は「自由」だ。この「英語をめぐる冒険」の10回目で、ambitionは「大志」と訳すこともあるし「野望」と訳すこともあると書いたのだが、ちょうどその反対の例だ。
さて、どうする?

やがてネイティヴの先生から返事がきた。

libertyもfreedomも、どちらもいい意味で使います。しかしふたつの言葉には異なった歴史的背景と、微妙な違いがあります。libertyですが、これは語源はラテン語で、それがフランス語を経て英語になったものです。意味は「強制的な労働、圧政、権力から自由であること」です。一方、freedomですが、これは古英語からきていて、意味は「肉体的、あるいは精神的に拘束されていないこと、政治的支配を受けないこと、旧弊な決まりにとらわれないこと、自由に行動できること」です。
libertyという言葉は昔、よく使われていたのですが、20世紀初頭からはfreedomという言葉のほうがよく使われるようになりました。フィラデルフィアの「自由の鐘」(1775年)、ニューヨークの「自由の女神」(1886年)、ウーマンリブ運動(1960年代)などでは、libertyが使われていますが、現代では、rightsとかfreedomという言葉のほうがよく使われるようです。

おもしろかったのは、ネットで調べてみたら、次のサイトで、Google books Ngram Viewer のグラフが紹介されていて、まさにふたつの単語の人気が折れ線グラフで出ていたことだ。

日経Bizアカデミー 実践ビジネス英語Q&A
興味のある方はのぞいてみてほしい。

また、総長からも次のようなメールがきた。

私が気になったのは、憲法の保障する自由がどう英訳されているかでした。
信教の自由、言論の自由、学問の自由はすべてfreedomです。

というわけで、うちの大学の憲章ではこちらを使うことになりそうだ。

蛇足といえば蛇足だが、日本で最初の本格的な英和辞典といわれている『英和対訳袖珍辞書』の第2版(1867年)を引いてみたら、次のようになっていた。

画像、『英和対訳袖珍辞書』

freedom 免許 免シテ受タルコト 自由
liberty 自由 掛リ合ノナキコト

それにしても、もう30年くらい翻訳をやってきているのに、こんな基本的な単語の違いを考えたこともなかったという事実に、ちょっとショックを受けている。
まずいなあ、これは。

というわけで、まずい話で最後の回をしめることにしよう。

本連載は、今回が最終回です。ご愛読、ありがとうございました。

Illustration: Sander Studio

 

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