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英語をめぐる冒険 第10回

英語をめぐる冒険

2015年12月24日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第10回 「大志」と「野望」

前回までしばらく明治時代前後の話が続いたので、今回は一転して、新しい話題を。

挿絵、猫と翻訳家

今年、大学の外書講読の時間に『Time』という雑誌の記事を読んでいる。こないだ読み終わったのが10月12日発行の号に掲載された「Why Ambition Isn't Working for Women」という記事。これがおもしろい。
こんなふうに始まる。
女性をほめているようでじつはおとしめたいときの表現がいくつかある。たとえば、相手があまり美人ではないときは、「髪がきれいだね」という……とか。
そのほか、会社でやり手の女性に対してはYou're very ambitious.というらしい。

このambitiousという言葉が訳しづらい。たとえば、この文を「きみは野心家だね」と訳すと、ほめているようには聞こえない。野心という言葉は、日本語ではあまりいい意味には使われないからだ。
たとえば、シェイクスピアの芝居でいえば、主君を殺して王座に座るマクベスは野心家といわれる。またリチャード三世はマクベス以上に野心的な男といわれたりする。

たしかに『広辞苑』によれば、「野心」には「大きな飛躍を望んで、新しいことに大胆に取り組もうとする気持ち」という意味もある。しかし、その意味では通常、野心ではなく大志を使う。札幌農学校のクラーク博士いわく、Boys, be ambitious.は「少年よ、大志を抱け」。

ところが英語のambitionという単語は、いい意味では「大志」であり、悪い意味では「野望」なのだ。

なるほど、それはよくわかった。しかし、この単語をどう訳そう?
これが難しい。さっきの例にもどって、You're very ambitious.はどう訳そう?
「野心家だね」と訳したら、ちっともほめていないし、「大志を抱いているんだね」と訳したら、しっかりほめている。
ほめているようで、じつは微妙に嫌みをいっているように訳すとしたら「やる気満々だね」くらいだろうか。

この『Time』の記事によると、あるコンサルティング会社がアメリカで働いている1,000人の男女にアンケートをとったところ、会社のトップになりたいかという質問に対して、就職して2年以内の場合、「はい」と答えた女性は男性よりも多かったらしい。ところが3年以上勤務の場合、男性はほぼ同数なのに対し、女性は激減したという。
そのへんの事情について詳しく知りたい方はこの『Time』の記事を読んでみてほしい。アメリカも案外、日本の男性社会に似たところがあって、徹夜の仕事や、ゴルフ接待や、飲み会が出世の条件に入っていたりするらしいのだ。

また女性差別発言として物議をかもしている訴訟事件も紹介されている。

...a male executive said women were not invited to an important business dinner because they would "kill the buzz."

"kill the buzz"は「座をしらけさせる」という意味。

アメリカもこんな側面があることにびっくりだが、こんな会社じゃ、女性も大志を抱けないと思う。

Illustration: Sander Studio

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