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英語をめぐる冒険 第3回

英語をめぐる冒険

2015年5月21日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第3回 アルファベットって?

「アルファベットってなんですか?」と生徒にきかれたら、なんと答えればいいだろう。
「ABCのことだよ」という答えですますという手はある。たしかに『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)でalphabetを引くと、最初に「アルファベット、AB」と出てくる。

挿絵、猫と翻訳家

しかし、ちょっと待ってほしい。
ジョン・マンの『人類最高の発明アルファベット』(晶文社)によれば、古代アイルランドで使われるオガム文字のアルファベットはBLFで始まるし、ドイツ中世のルーン文字のアルファベットの最初の6文字はfuthark(thは1文字)。また古代エチオピア語はhとlで始まる。

そういった例までふくめると、「言葉を表すための20から30の記号」と答えればいいのかもしれない。
しかし「アルファベット」という単語はもっと広い範囲を指すこともあって、たとえば『ランダムハウス英和大辞典』にも2番目として「(一つの言語を書き表すための)文字体系」という意味が載っている。この場合、漢字や仮名も立派なアルファベットだ。

それに関して、『人類最高の発明アルファベット』におもしろい記述がある。

形こそ違うが、これまでの西洋アルファベット以上の働きをするアルファベットも存在する。完璧を求めて、可能なかぎり進歩していったアルファベット(中略)その単純性と効率性、精密さと簡潔さはまさにアルファベットの典型であり(中略)イギリスの言語学者ジェフリー・サンプソンの言う「人類のなしとげた知的偉業のひとつ」なのである。

なにかというと、15世紀半ばの朝鮮で生まれた文字体系「ハングル」である。李朝第4代の王で、名君の誉れ高い世宗(セジョン)が当時の知を結集して作らせたのがこの表記法だ。ただし、これが一般的に使われるようになるのは第二次世界大戦が終わるのを待たなくてはならなかった。

そのへんの話はさておき、翻訳家として非常に悩ましいのが、西洋のアルファベットで表記された固有名詞をどう訳すかという問題だ。

ひとつはそのまま音を移すという方法がある。
たとえば、Columbusは「コロンブス」「哥倫布」、Goetheは「ゲーテ」「哥徳」。なんだ、中国語でも日本語でも問題ないじゃないか、という声がきこえてきそうだが、これが一筋縄ではいかない。
その話を次にしようと思う。

Illustration: Sander Studio

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