道徳科実践レポート
2024年3月4日 更新
平野桜子 神奈川県鎌倉市立第二中学校 教諭
文部科学省「私たちの道徳 中学校」より、「二通の手紙」の実践をしました。
教材の内容
内容項目
C(10)遵法精神、公徳心
ねらい
法やきまりの意義を理解し、それらを進んで守るとともに、そのよりよい在り方について考え、規律ある安定した社会を実現しようとする態度を養う。
あらすじ
動物園の入園係である元さんは、規則違反と知りながら、いつも門の外から動物園をのぞき込んでいた姉弟の「動物園に入りたい」という願いを聞き入れた。しかし、閉園時刻を過ぎても姉弟は戻らず、捜索が始まる。1時間ほどで姉弟は無事に見つかった。数日後、元さんのもとには、姉弟の母からの感謝の手紙と懲戒処分の通告が届く。元さんは自ら職を辞した。
わたしの授業、ポイントはココ!
疑問をもち、問いを見いだす
私が道徳の授業で大切にしていることは、自ら問いを生み、考え続ける姿勢を養うことです。道徳の授業では、些細な出来事から疑問をもち、問いを見いだすことがとても重要だと考えています。中学校を卒業した後も、日常生活の中にある道徳的な課題に気づき、問いを生み出し、考え続ける姿勢をもち続けてもらいたい。そのため、1年生のときから、生徒が疑問に感じたことを大切にして授業をしてきました。3年生では、根気強く考える力が養われつつあるのを生かし、生徒どうしが学び合うことに、さらに力を入れています。
「遵法精神、公徳心」については、これまでは、「きまりを守るべきだと言えばいいんでしょ」という生徒の心の声が聞こえるような授業になってしまったこともありました。でも、今回のように問いを生む段階から、生徒自身に「考えること」を託して授業することで、予想外の考えが飛び出すこともあり、生徒どうしがお互いの考えを聞くことを楽しみにしているのを感じました。つい考えたくなる問いがあり、つい自分の考えを誰かに聞いてもらいたくなる、つい他の人の話を聞きたくなる、そんな授業ができたらと考えています。
授業をのぞいてみよう
教師の問い
「二通の手紙」を読んで、どのような問いをもちましたか。
- 元さんが残したもの(教訓)は、何だったのか。
- 姉弟が入園したいと言ったとき、元さんは、どうするべきだったのか。
- 規則は何のためにあるのか。
- 規則を守らなくてよいのは、どのようなときか。
- 規則と、正義や思いやりは、両立するのか。
指導の工夫
些細な疑問も含めて、自分がもった問いを自由に出し合えるようにしたうえで、「クラスで考えたい問いは何か」と投げかけ、焦点化を図った。
生徒の問い
姉弟が入園したいと言ったとき、元さんは、どうするべきだったのか。
- 自分が元さんなら、姉弟に付き添ったと思う。それくらいしないと、規則違反をすることへの責任を果たせない。
- 自分なら、絶対に入園させない。例外をつくったら、規則の意味がない。
- 姉弟を入園させてあげたい気持ちはわかる。姉弟の気持ちを尊重するにはどうしたらいいかを考えることも、必要ではないか。
- 例外的に、規則を破ってもいいときがあるのではないか。
指導の工夫
生徒どうしで、次の発言者を自由に指名し合う形式で話し合いを行った。挙手をした生徒の中から次の発言者を指名する場合もあれば、「同じように考えた人はいませんか」「別の見方で考えた人の意見も、聞かせてください」と投げかけ、自分が意見を聞きたい相手を指名する場合もあった。
生徒の問い
規則を守らなくてよいのは、どのようなときか。
- 必要のない規則や、自分たちに害のある規則は、守らなくてよいと思う。
- 規則の意味を理解していない場合もあるから、簡単に規則を破ることはできない。もし規則を破るなら、相応の覚悟が必要なのではないか。
- 災害時や戦時下などの普段と異なる状況では、守れなくなることがあるかもしれないが、命に関わる場合以外は、規則を守るべきではないか。
- 規則は、多数の人の安心のためにつくられているので、少数で気づかれにくいが、その規則に苦しんでいる人もいるのではないか。
指導の工夫
「どの問いから話し合いを始めるか」「それぞれの問いを、どのくらい話し合うか」といった話し合いの展開も生徒に任せ、有意義な話し合いになっているか、また、考えの深まりがあるかを感じられるようにした。
生徒の問い
規則と、正義や思いやりは、両立するのか。
- お互いを尊重し、マナーを守れば、規則は必要ない場合もあるのではないか。
- けんかや争いごとでは、どちらにも、その人たちなりの正義がある。正義は人それぞれ違うから、それぞれ大切にするべきだと思う。
- 正義と規則は両立しないと思う。「正義=規則」だとは限らない。それぞれの正義が異なるから、絶対的な正義もない。
- 「規則=正義」だと思うけど、正義は多数決でつくられている部分がある。規則も多数決でつくられているなら、少数の人のための例外も必要ではないか。規則があっても、思いやりでカバーすることも必要なのではないか。
「規則さえあれば、それで全てがうまくいく」わけではないのなら、私たちは、どのように規則と向き合えばいいんだろう。
- 時代や状況に合わせて、規則を見直していく必要もある。
- 今ある規則が絶対的なものではないと知ったうえで、規則と向き合うとよい。
指導の工夫
話し合いが抽象的な内容に偏り、理論上の議論に終始してしまいそうなときは、教師が状況を整理したり、自分たちに置き換えて考えるよう促したりして、実際の生活に結び付けられるようにした。
教師の問い
意見交流を通して、どんなことを考えましたか。また、自分の考えが深まったのはどの問いに対してですか。自分の考えを書きましょう。
- 「規則は、人を守るためにある」ということを、忘れてはいけないと思う。自分も他の人も守ることができる。
- 規則は、自分や社会を守るために必要だけど、絶対に正しい規則があるわけではないと思った。見直していくことも大切。
- 規則を破ることは、責任と覚悟が必要なことだと思う。
- 人それぞれに正義が違うから、規則が必要だと感じた。
指導の工夫
考えがまとまらない生徒に対しては、今回の意見交流の中で共感したり、おもしろいと感じた意見を取り入れたりしながら書くように促した。
※この実践は2021年12月に行われたものです。
ココに注目!
自分たちで考えた問いを自分たちで探究することは、生徒の「主体的に問題を発見し、解決していく力」を培っていきます。注目すべきは、生徒が考えた問いが、教材から導かれる問いから本質的な問いへと発展していることです。一見、生徒に「丸投げ」しているようにも見えますが、ここには教師の巧みなファシリテーション(状況の整理や補助発問など)が隠れています。「生徒を信じて待つ」授業を続けたからこそ、生徒は道徳的価値について主体的に考える力を身につけたのでしょう。
立命館大学大学院 教授 荒木寿友先生