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第4回 不登校の子に寄り添う

多様性を尊重し合う学校づくり

2023年5月30日 更新

熊谷 茂樹 前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

一人一人の多様性を尊重し、生かす――そうした学校づくりに長く取り組んできた筆者が、これまでのエピソードをつづります。

第4回 不登校の子に寄り添う

中学校で校長を務めていたときの話だ。2学期末、受験シーズンが始まる大切な時期のことである。3年生の女子生徒二人の仲が些細なことでこじれ、一人が学校に来なくなった。
来なくなった生徒の母親が本人と共に校長室に来た。「娘が不登校になったのは、あの子のせいだ。保護者と本人に謝罪してもらいたい。今すぐに連絡を取ってほしい」と言う。ここで頑として断ればよかった。が、押し切られた。校長室から相手に電話をし、状況を説明したところ、「今から行きます」と言われた。数十分後、校長室には私を挟んで、双方の母子がそろった。話し合いなど成立するわけがない。わかっていたことだ。二人の生徒はうつむき、泣きだした。翌日から二人とも学校に来なくなった。私のせいである。

担任も養護教諭も相談員も、誰もができること、思いつく限りのことをしてくれた。3学期になり、一人は登校し始めたが、もう一人が来ない。皆が下校した後の夕方でもいいから、校長室に来ないかと電話をした。先生方も勉強を見てくれるから、いらっしゃいと誘った。生徒は、「勉強はいいから、話がしたい」と言う。私でよいかときくと、「担任の先生は忙しいでしょ。校長先生でもいいです」と答えた。
翌日から毎日ではないが、校長室に顔を出すようになった。短いときには10分程度、雑談をして帰っていった。将来はアート関係の仕事がしたいと話してくれるようにもなった。「高校はどうする? 時間がないよ」と言いたくなったが、ぐっと堪えた。堪えたほうがよいと思った。雑談を重ね、重ねていくうちに滞在時間が長くなっていった。これでいいのかと自問自答したが、笑顔でやってくる彼女を見ると、この時間が楽しくなっていた。

その日は朝から雨が降っていた。放課後、校長室でパソコン相手に仕事をしていると、この子が私服姿で校長室に駆け込んできた。「どうした⁉」と立ち上がった私に、「来て!」と言って、駆けだした。すぐに追いかけた。何かあったにちがいない。激しい鼓動は、急に走ったからだけでない。「こっち!」と昇降口から外に連れ出された。「見て!」。今でも鮮明に覚えている。雨があがった空いっぱいに、見事な虹がかかっていた。「先生に見せたくて。じゃあね。さよなら!」と、元気に走って帰っていった。

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この子の進学先はフリースクールに決まった。卒業式には出られた。式の後、小さなキャンバスに描いた油絵をもらった。少女が入道雲のかかった空を飛んでいる。少女の目ざす先には虹がかかっている。今でも、この絵は自宅に飾ってある。ときどき、絵を眺めながら、2組の母子といたあの夜を思い出す。そして、謝る。すまなかったね。すると、雨あがりに生徒が見せてくれた虹が目に浮かぶ。ありがとうね。大人にできることは、たかが知れている。ただただ寄り添うことだけだ。空飛ぶ少女が、そう教えてくれる。

Illustration: こやまもえ 

熊谷 茂樹(くまがい・しげき)

前 埼玉県川口市立朝日東小学校長

1961年生まれ。埼玉県特別活動研究会顧問。埼玉県蕨市・川口市の公立中学校教諭を経て、2005年、川口市教育委員会 指導課指導主事として、国語・特別活動を担当。その後、川口市の公立小・中学校にて教頭、校長を務め、2022年3月に退職。現在、川口市の公立小学校にて初任者研修指導教官を務める。埼玉県内外にて、国語・特別活動・学級経営に関する指導を行う。教育総合誌「教育総合技術」(小学館)で連載「今月の学校経営」を執筆。

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