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スペシャルインタビュー マライ・メントライン [前編]

「飛ぶ教室」のご紹介

2018年2月16日 更新

「飛ぶ教室」編集部 光村図書出版

児童文学の総合誌「飛ぶ教室」に関連した企画をご紹介していきます。

スペシャルインタビュー マライ・メントライン「想像力がはじける秘密」 [前編]

「飛ぶ教室」第52号の特集ページは、世界の子どもたちを見つめる「世界一周旅行!」。レポートやエッセイはもちろん、「飛ぶ教室」らしく短編も入れました。
その短編の1編「ケバブ」を執筆してくださったマライ・メントラインさんにお話をうかがいます。前編の今回は、マライさんにとっての創作や、母国語ではない日本語で書くということの意味についてです。

画像、「飛ぶ教室」第52号
「飛ぶ教室」第52号
画像、マライ・メントラインさん
マライ・メントラインさん

幸せのかたちは、いろいろ

今回のお話「ケバブ」には、もとになっている別のお話があるんですよね?

マライ はい、グリム童話の「幸せなハンス」です。「ケバブ」は、そのお話を軸に、今のドイツの様子や日本のみなさんにもおなじみの童話のいくつかを織り交ぜました。

「幸せなハンス」は、長期間の奉公を終え、主人から金(きん)の塊を受け取ったハンスが、故郷への帰り道で出会う人々と物々交換を繰り返すお話ですね。物々交換を繰り返すところは、日本のおとぎ話「わらしべ長者」ともよく似ています。

マライ 「幸せなハンス」は交換するものがレベルダウンしていき、一方「わらしべ長者」はレベルアップしていくんですよね。そういう違いはありますが、どちらのお話も最後には主人公が「幸せ」になる。幸せの形にはいろいろあるんだなあということを、この二つのお話から感じます。どちらの展開がいいとか、意味があるということじゃなくて、人生にはどっちも必要なんだろうなって。「わらしべ長者」の精神のように上を目指すことも大事だし、「幸せなハンス」のように、人生、物だけじゃないよねってことも。

「ケバブ」の主人公・フェーリクスが、店主のお爺さんからもらうものは、金の塊ではなく、金(きん)でできた太いネックレスですね。この最初のアイテムを、「長靴をはいた猫」ならぬ、「バイカーブーツを履いた猫」がほしがるという流れ、とても魅力的です。

マライ そこは物々交換の最初なので、いちばん悩んだところです。「幸せなハンス」のように金の塊からでは今の感じがしない。かといって、お金だったら物々交換のスタートにはならない。レベルダウンしていく様子をお話に何度か入れるためには、そこそこ高価なもので始まる必要がある。しかも、主人公が手放すのに惜しくないと思えるような展開って……と考えた結果です。

画像、「ケバブ」の扉絵

「この雰囲気たまりません!」とマライさんを釘づけにした、
牧野千穂さんによる「ケバブ」の扉絵。

最初に原稿をいただいたとき、バイカーブーツを履いた猫が、金のネックレスをつけるのを想像して吹き出してしまいました。この猫をはじめ、フェーリクスが出会う人たちはバラエティ豊かですね。

マライ 「いい物を手に入れたい」という人たちではなくて、フェーリクスが持っているそれが必要だという個々の物語のある人たちを描きたかったんです。

そんな彼らの申し出のままに物々交換を繰り返すフェーリクスですが、お話の後半では、彼自ら交換を申し出ているようにも思えます。

マライ 彼のその変化は意識したところです。「幸せなハンス」には特にそういう主人公の変化は見られないんですが、今の時代は自主性や積極性も求められますから(笑)。

今の時代ということですと、家出したフェーリクスがベルリンでアルバイトすることになったのが、トルコ人のお爺さんの営むケバブ屋です。それも現在のドイツを反映したものなんですよね。

マライ ドイツ政府が、ガストアルバイターとして、トルコ人やイタリア人、ギリシャ人を受け入れていたこともあって、ドイツにはさまざまな国の背景をもった人がたくさんいます。いい意味で複雑になっていますね。
いろんな国の背景をもった人が周りに多くなると、ここは議論好きなドイツ人らしく、「ドイツ人って何?」という問いが生まれます。ドイツで生まれたらドイツ人? ドイツ語をしゃべったらドイツ人? というふうに。
でも最近だと、「同じグループ」に誰が入るのかということを、とても気にしているようにも感じます。

「同じグループ」?

マライ はい。例えば、2016年にベルリンで起きたクリスマスマーケットでの事件後には、ドイツに住んでいるイスラム教徒に対して「もっと一緒になって強く非難すべきだ!」などと圧力をかける人も出ました。「ドイツ」に住んでいるならそうしなければならない、というわけではないはずなのに。そういうギスギスした関係も、近年、正直感じるところです。
とはいえ、ドイツでは、移民の背景をもつ子どもたちが同じクラスにいても、何の問題もなく一緒に遊んでいます。自分とは何かを考えたり、世界をもっと知りたいという好奇心がわくきっかけになったり、多種多様な人たちが一緒に暮らすからこそのいい影響がありますね。

母国語じゃないからこその自由

「ケバブ」は、マライさんにとって、初めての創作ものですが、書かれてみていかがでしたか?

マライ やってみたかった創作の依頼ということで、とても嬉しかったです。その一方で、普段書いているのは記事だし、母語でない日本語で書ききれるかなという不安もありました。でも、ストーリーを考えることって、やっぱりすごく楽しいですね。

「飛ぶ教室」50号の企画「誌上ワークショップ」のときも、絵と小さなお話を作っていただきましたが、それもとてもおもしろかったです。

マライ ありがとうございます。もともと何かを作りたいという思いはあったんですが、あのときのことと今回のことから思ったのは、私の場合は、キーワードをもらったり、何かの話をベースにしたりすると、想像力が爆発するんだということでした。これからお話を書きたいと思っている人には、これはいい方法の一つかもしれません。

画像、ワークショップでのマライさん
「三つのキーワードから想像して顔を描く」というワークショップでのマライさん。
(「飛ぶ教室」第50号、p.10-11)

キーワードを固定したり組み合わせたりすることで、自分でも思いもよらない発想ができるということもありますね。母語のドイツ語ではなく、日本語で書くというのも、想像力と関係がありますか?

マライ そうですね。私にとって日本語は学んだものなので、ある意味、自由なんです。完璧じゃない分、想像から生まれた表現になることもあります。それを、日本語を母語にする人にぶつけると、意外に反応がよくておもしろかったりして(笑)。
母語であるドイツ語だったら、正直、日本語のようにどこまで自由になれるかな?と思いますね。文法やドイツ人作家が書いてきていたスタイルにとらわれたり、文体がこうでないと知的に見えないなどといった意識が働いたりして、どうしても縛られてしまいますから。
普段でも、当てはまる日本語がわからないときは、知っている日本語のなかで工夫して伝えるので、夫に「マライは日本語で書くとき長いよ」と言われますけど(笑)。

むずかしい言葉を使わずに思いを伝えたり、創作したりするというのは、子どもの本にもつながるものがありますね。

画像、マライ・メントラインさん

マライ・メントライン

1983年シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール生まれ。独・和翻訳家、TVディレクター。著書『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』ほか

 

「飛ぶ教室」第52号のアンケートにお答えいただいた方から抽選で、マライさんの著書『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』(NHK出版)をサイン付きでプレゼントいたします。詳しくは、本誌をご覧ください(なお、ご応募の締め切りは、2018年4月24日です)。

 

「飛ぶ教室」52号の内容は、こちらからご覧いただけます。

飛ぶ教室 第52号(2018年冬)

「飛ぶ教室」50号の内容は、こちらからご覧いただけます。

飛ぶ教室 第50号(2017年夏)

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