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人権は、特別なところにあるんじゃない

道徳と人権教育

2025年4月4日 更新

光村図書 道徳課

道徳教育の専門家である荒木寿友先生と弁護士の真下麻里子先生に「道徳」と人の権利である「人権」について語っていただきました。

荒木:

今日お話するテーマは、道徳と人権教育についてなんですが、人権と聞くと、なんだか堅いテーマな感じがしてしまいますね。

真下:

まず、学校現場では、人権教育がどういった位置づけで行われているか、知りたいです。

荒木:

大事にされている先生方はたくさんいらっしゃると思います。学校で学んだことやいろいろなスキル、知識などをどのように使っていくか、それを考えるベースになるのが人権感覚だと思うんです。

真下:

そうですね。

荒木:

道徳では、よく、「答えは一つではない」と言われますが、それは、「何でもあり」ということではなくて、自他の権利と生命を尊重し、そのうえでいろいろな考えがあってもよいということです。道徳教育にある人間尊重の精神は、「基本的人権の尊重」のことを指します。だから、道徳と人権教育は密接に関わっている。そして、人権教育は、道徳だけでなく学校教育のベースになっていると思います。でも、それがきちんと広がっているかというと……。

真下:

私も同じように感じていました。学校で「人権は大事だよ。」と言われても、「自分」とは離れたことを学びましょうと、言っているように感じてしまう。あたかも特別なときに出てくるテーマというような印象があって、弁護士として、そこにすごくもどかしさを感じるんです。

荒木:

もどかしさですか。

真下:

はい。人権って、もっと日常に、「普通」にあるもので、特別なところにあるんじゃないんです。教育というフィールドから少し外れた弁護士として見ると、「法」と「人権」と「教育」がバラバラになっているように感じます。そもそも、法は人権を守るためにあり、そのことは、民主国家・法治国家の構成員として理解しておく必要があります。教育基本法上、教育の目的には民主的な国家・社会の形成者の育成も含まれますから、教育も当然そこに結び付いているはずです。でも、そこがうまく結び付いていない。

荒木:

「人権」というのが、崇高な言葉と捉えられてしまっていて、どんなふうに伝えていけばいいかわからないのかも。「あなたがあなたでいて大丈夫」「私も私でいて大丈夫」って、そういうことだと思うんです。

真下:

そうですよね。例えば、今、私がこの建物の中で安心していることができているのも、建物が建築基準法等で耐震構造を満たしているという前提があるからで、法が、私たちの生命、身体の安全や建物を建てる業者の方々の営業の自由などを調整してくれているんです。そこで守られている価値こそがまさに人権であって、特別なときに登場するものではないことに気づいてもらえるといいなと思います。

 Photo : Tomohiro Watanabe

真下麻里子 写真

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荒木寿友(あらき・かずとも)

立命館大学大学院教授

教育学、道徳教育を専門とする。主な著書に『いちばんわかりやすい道徳の授業づくり』『ゼロから学べる道徳授業づくり』(ともに明治図書出版)などがある。光村図書小・中学校『道徳』教科書編集委員。

真下麻里子(ましも・まりこ)

弁護士/NPO法人ストップいじめナビ理事

全国の学校でオリジナルのいじめ予防授業や講演活動を実施する。主な著書に『弁護士秘伝! 教師もできるいじめ予防授業』『「幸せ」な学校のつくりかた――弁護士が考える、先生も子どもも「あなたは尊い」と感じ合える学校づくり』(ともに教育開発研究所)などがある。

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